アリス=紗良・オット(ピアノ)が、久しぶりに来日するというので、そのリサイタルのチケットを購入した。アリス=紗良・オットは、ヴァイオリンのパトリシア・コパチンスカヤと同様、舞台ではなぜか裸足である。しばらく前に、あのチェロのジャクリーヌ・デュプレが演奏家生命を絶たれた難病、多発性硬化症に罹ったと聞いて心配したのだが、どうやら無事に恢復したらしい。医学の進歩のお蔭なのだろうか。
今回のリサイタルの曲目は、ジョン・フィールドのノクターン9曲とベートーヴェンのソナタ3曲である。
ところが、ジョン・フィールドなる作曲家の名は、これまでまったく耳にしたことがなかった。このリサイタルのチラシ(フライヤー)に、オット自身が「ノクターンは最も人気があり愛されている音楽形式のひとつですが、その生みの親であるジョン・フィールドの名はほとんど知られていません」と記しているから、その名を耳にしたことがなくても、さほど恥じる必要はないのかもしれない。
アイルランドの作曲家、ピアニストで、ベートーヴェンとほぼ同時代に活動し、オットが記しているように、ノクターン(nocturne、夜想曲)の形式を生み出し、ショパンに多大な影響を与えたのみならず、ロマン派の作曲家にも高く評価されたという。
こんなことはまったく知らなかった。それで、youtubeで、ジョン・フィールドのノクターンを聴いてみた。全部で18曲あり(実際にはまだあるらしいが)、耳に心地よい響きのする曲ばかりである。
だが、そこに、この作曲家の名がさほど知られていない理由があるのかと思ったりもした。つまり、どの曲も、――適切な言葉とは言いがたいのだが、緊張感が薄く、曲としての重みが感じ取れない。そこが、ショパンとの違いだろう。ただし、繰り返すように、耳にはとても心地よい。だから、一曲一曲はよいとしても、18曲を通して聴くと、BGMとしてならともかくも、やや飽きてくる。
そこで、今回のリサイタルだが、合間合間にベートーヴェンのソナタが入るから、また違った印象が得られるかもしれない。それ以上に、オットの演奏は、フィールドの曲に新たな魂を吹き込むかもしれない。だから、フィールドの評価は、それを聴いてからにしようと思っている。
なお、オットも、ごく最近、フィールドのノクターン全曲のCDを出したようだが、それはまだ聴いていない。その楽譜も見たが、さほど複雑ではないから、少しピアノに習熟した人なら、たやすく弾けるのではないかと思う。