年を取ると、眠りが浅くなる。すると、よく夢を見る。明け方近いことが多い。この朝も奇妙な夢を見た。それを書いてみたい。前にも一度、「夢日記」を書いたから、その続きになる。尾籠(びろう)な話で恐縮だが、御容赦願いたい。
列車に乗っている。どうやら東北線らしい。真理子と一緒のはずだが、どこに乗っているのかわからない。私一人である。二人がけの席で、隣には小太りの中年の小母(おば)さんが座っている。黒っぽいワンピースを着ている。
なぜか便意を催してくる。大便である。我慢しているうちに、少し洩らしてしまったらしい。わずかながら臭いもする。隣の小母さんに気づかれないかを、心配している。
車内アナウンスがあって、高崎に到着するという。次の停車駅は東京だという。このあたり、まったくつじつまが合わないのだが、東京まで行っては困ると思い、高崎で下りることにする。立ち上がると、大便がシートの真ん中に開(あ)いた隙間(すきま)に入り込んでいるのが見える(隙間などあるはずはないのだが)。なぜか、シートの色は黒い。ポリ袋を丸めて、その上に被せ、シートの隙間に押し込める。ズボンの中に洩らしたはずだから、おかしなことではあるが、もとより夢の中の話である。隣の小母さんが気づくのを心配しながら、高崎のホームに下りる。真理子がどうしたのかが気になって、携帯で電話する。真理子も下りたという。
いつの間にか、商店がまばらにある長い地下通路にいる。駅の地下通路のようだが、人はいない。そこを進んで行くと、また便意を催して来た。だらだら坂を上(のぼ)った先に、便所がある。入って見ると、そこは妙に明るい。広い空間に小便器がたくさん並んでいる。ビニールのカーテンを垂らしたブースがいくつかあったので、覗(のぞ)いてみるが、どこもシャワーしかない。仕方なくそこを出て、だらだら坂を下がったあたりで、また真理子に電話する。どこで出会うか話しているところで、目が覚めた。
冒頭にも記したように、最近はよく夢を見るのだが、この朝の夢はいやにはっきりしているので書いてみた。意識の中では、高崎より先に向かっているような感覚があるのだが、東京に向かっているのは、なぜだろう。夢の中で、臭いをはっきり感じたのも、もっと不思議である。いったいどういう夢なのだろうか。
前の「夢日記」の中で、島尾敏雄『夢日記』は見ていないと書いた。驚いたことに、信濃追分の山荘に置いてあった。河出書房新社刊。箱入りの瀟洒(しょうしゃ)な本で、箱には、夢の中の場面が、ぼんやりした筆致で描かれている。読んだはずなのに、すっかり忘れていた。これも年を取ったせいであるに違いない。