雑感

橄欖山上のキリスト

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今回も宗教音楽の話になる。ここでもやはり宗教音楽からずっと遠ざかって来た、私の音楽視聴の偏頗さを語ることが中心になる。

バッハの「マタイ受難曲」は、先日、バッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJとする)の定期演奏会で、初めて聴くことができた。そこで、思ったことがいろいろとある。「マタイ受難曲は」、バッハの死後しばらくすると、まったく演奏されなくなり、いわば埋もれた作としてあったが、初演からほぼ百年後、メンデルスゾーンによって復活上演される。そのあたりのことくらいは、私でも知っている。

しかし、今回、「マタイ受難曲」を聴いて思ったのは、モーツァルトやベートーヴェンは、この曲を知っていたのかどうかである。おそらく、耳にしたこともなければ、楽譜を見たこともなかったに違いない。つまり「マタイ受難曲」という存在そのものを知らなかったはずだということである。

そのベートーヴェンには「橄欖山上のキリスト」というオラトリオの作があることは、知識としては知っていた。橄欖山はオリーブ山のことだが、その麓にゲッセマネの園があり、キリストはそこでの最後の祈りのあと、ユダの裏切りによってローマ兵士たちによって捕縛されることになる。
そこで、この「橄欖山上のキリスト」が聴きたくなって、DVDかCDはないかと探してみた。DVDはなく、CDはあってもきわめて少ない。そもそも、この曲が演奏される機会もあまりないらしい。YouTubeには、2021年のBCJの定期演奏会での演奏が動画で収められているが、短い省略版なので、全曲が見られるわけではない。私は昨年BCJの定期会員になったばかりだから、その演奏会があったことなどまったく知らずにいた。それで、ニコラウス・アーノンクールの指揮するウィーン・コンツェルトゥス・ムジクスの演奏するCDを手に入れて聴いてみた。

この曲に描かれる世界は、「マタイ受難曲」と重なるところが大きい。ただし、キリストの受難が、この現世に生きる人々の苦しみに救いを与え、さらには大いなる希望と勇気とを与えることになるのだとするところに、この曲の大きな特徴がある。聖書の内容に即してはいるが、聖書の文言からはかなり自由な歌詞になっている。ユダの裏切りにも触れるところがない。ベートーヴェンは、詩人フランツ・クサヴァー・フーバーと協力して、この歌詞を作ったという。
曲そのものも、聴く者に勇気と希望がもたらされるような、活気に満ちた響きに満ちており、最後はキリストの受難によって人々が苦しみから解放されることを確信する歓喜の合唱で終わる。

このオラトリオが作曲されたのは、1803年。その前年、ベートーヴェンは、耳疾への苦しみから、一度は自殺を試みようとするが、そこから真の芸術のために生きる決意を新たにする。その思いの一端を記したのが、有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」である。
ベートーヴェンの中期の傑作群はそこから生まれるが、このオラトリオは、その最初に位置づけられる作になる。まさしく「苦悩を突き抜けて歓喜へ至れ」という思いが、ここには現れている。キリストの受難の苦しみは、そのままベートーヴェン自身の苦しみに重ね合わされ、それを超えて生きることの勇気と希望とに結び合わされている。
このオラトリオの音楽、とりわけ最後の合唱のあたりは、しばしばオペラ「フィデリオ」の最終場面との類似が指摘されたりもするが、主題そのものにも確かな共通性を感じ取ることができる。

「橄欖山上のキリスト」は、まさしくベートーヴェンの生き方そのものを描いた作品であったことになる。
ならば、もしも、ベートーヴェンが、バッハの「マタイ受難曲」を知っていたとしたら、このオラトリオを、このような曲として作曲することができたのかどうか。知らなかったからこそ、このような曲が生まれたのではないかと思ったりもするのだが。

このオラトリオを、どこかで演奏してくれないものだろうか。BCJの再演も願っているのだが。

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