研究

やはり理不尽・続

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先のブログ「やはり理不尽」に記したことの後日譚を記す。
この「やはり理不尽」に記した内容とほぼ同様なことを記して、どうしてこんな愚劣な制度になっているのかを、国会図書館に問い合わせてみた。すると、すぐに返信があり、この制度は、令和7年2月から、ということはほぼ1年前から始まったこと、また制度運用のありかたは、文化庁の定めに従っており、詳しくは、文化庁のHPを見てほしい、との回答であった。そこで早速、そのHPを開いてみた。

そこには、「図書館等公衆送信補償金制度について」とあり、さらにその制度の概略が、「「図書館等公衆送信補償金制度」は、図書館等の設置者が文化庁長官の指定する団体(指定管理団体)に一括して補償金を支払うことで、個別の許諾を要することなく、権利者保護のための厳格な要件の下、利用者の調査研究の用に供するため、図書館等が図書館資料を用いて著作物の一部分(政令で定める場合には全部)をインターネット等で送信することができる制度です」と説明されていた。
さらに、それに続けて、「図書館等以外の場所で閲覧・コピーの入手が可能となることにより、地理的・物理的制約にとらわれない国民の「知のアクセス」の向上とともに、研究環境のデジタル化による「知のアクセス」の向上が期待されます」とも記されていて、いわば自画自賛のような文言が踊っている。しかし、先のブログにも記したように、こんな愚劣な制度では、「「知のアクセス」の向上」に結びつくとは、とてもではないが思えない。

先のブログにも記したように、今回の私の場合、1970年刊行の学術雑誌(いくつかの大学では、関係者なら、誰でも簡単に閲覧・コピーできるような雑誌。ただし、私にはその伝手(つて)がない)の高々15頁分のPDF画像を依頼したに過ぎないのだが、それでも、請求額は2591円。その内訳だが、「複写費用」の456円はともかく、「補償金相当額」として1900円が計上されている(他に消費税235円)。この「補償金」なるものが問題となる。これも先のブログに記したが、申込資料の「補償金」単価は、最初の1頁が500円で、2頁目以降1頁ごと100円の計算になるのだという。

この補償金について、先の文化庁の説明を見ると、「補償金の分配により、権利者に対価が還元されることで、権利者の正当な利益の保護を図っています」、「各図書館等が個別の送信ごとに利用者(受益者)から補償金を徴収し、送信実績とともに一括して指定管理団体に補償金を支払い、送信実績をもとに指定管理団体から個別の権利者・出版社に分配されます。また、権利者が判明しなかったなどの理由により支払われずに残った残余額のうち一定割合の補償金は、権利者全体の利益となるような著作権等の保護や著作物の創作の振興等に資する著作権等保護振興事業に支出されます」と記されている。

さて、実際にPDFの画像が私のメールに届いたのだが、1頁ごとに100円と言いながら、実際に届いた画像は、雑誌を通常コピーするのと同様、見開き2頁分が画像1枚に収められている。15頁の論文だから、全体でも画像は8枚のみ。これで、繰り返すように、2591円だという。さらに言えば、その代金の振込手数料として、別途220円の支出が必要だった(ゆうちょの通帳からの振込)。だから、この雑誌論文を入手するのに、合計2811円を支払ったことになる。

私には執念深いところがあるので、再度、国会図書館に問い合わせてみた。こんなに高額なのだったら、PDFの画像を送ってもらうより、紙媒体に複写したものを郵送してもらう方がずっと安価なのではないか、という問いである。すると、以下のような返信があった。

「紙媒体で複写して郵送する方(遠隔複写:郵送受取)は送料がかかるのですが、補償金はかからないため安い傾向にあります。
遠隔複写(PDFダウンロード)については、お申込みの際に以下の文言を表示して注意喚起するようにしております。※著作権者に支払う補償金に相当する額も含まれるため、請求金額は非常に高額になる場合があります」。

紙媒体の複写の方が安いというのである。これには、驚いた。PDFの画像を送る方が、ずっと簡便なので郵送費、人件費等の経費もかからないだろうと、安易に考えたのがそもそもの間違いだったことになる。

すると、問題はやはり、PDFのデータを送る際の「補償金」である。ここまで来て、日本音楽著作権協会(JASRAC)の著作権使用料のありかたを思い起こした。あの悪名高い(訴訟にもなった)、その著作権使用料徴収の仕組みとも、どこか類似する。今回の私のような、学術目的のための一回的な個人使用に、どうしてこれほどの著作権がらみの「補償金」が必要となるのか。
おそらく、文化庁が「図書館等公衆送信」の制度を定めた際に、こうした「補償金」の問題をうるさく言い立てる輩(やから)が、その制度策定の審議会(?)の場にいたのだろう。それがいったいどんな輩(やから)なのかが知りたいところだが、私のような者がいまさら何を言っても無駄だろう。だから、こんな愚劣な制度は、もう二度と利用しないという、そうした負の教訓を得たことを余録として、この話題を閉じることにする。

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