研究

やはり理不尽

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ある仏教系の学会の雑誌論文を見る必要があって、その雑誌の所蔵先を検索してみた。文学部に仏教学、宗教学系の研究室のある、さらには東洋文化研究所が附置されている東大なら所蔵しているだろうと思ったら、まったくの当て外れ。他大学でも、所蔵しているところは極端に少ない。しかも、私が簡単に利用できるところではない。そこで、最後の頼みと思って、国立国会図書館の所蔵状況を調べて見た。すると、その雑誌はあるにはあるが、私の見たいと思う号は、刊行年が古いためか、雑誌の形態では保存されておらず、デジタル化された資料でしか見ることはできない、とのことだった。国会図書館に出向き、そこに備えられたモニターの画面を通じて見るのが、こうした場合の原則であるらしい。しかも、そこでは画面をながめるのみで、複写は同時には受け付けないという。複写が入り用の場合は、別途申し込むことが必要で、そうすれば紙媒体、あるいはPDFの画像を、自宅に送り届けてくれるという。

私はやはり印刷された資料で読みたいので、家で印刷すればよいと考えて、私のメールアドレスに、PDFの画像を送ってもらうよう申し込んだ。すると、申し込み画面に、金額の予定上限の記入欄が出て来た。これ以上の料金なら、申し込みをキャンセルするという金額をそこに書き込むのだという。私の見たい論文は、雑誌の139~153頁。それゆえ、見開きの2頁が1画面になるのだろうと思い、論文の始まりが偶数頁か奇数頁かの違いはあるとしても、8~9画面程度にとどまるだろうと考えた。それで、手数料が必要になるとしても、2000円もあれば充分だろうと判断して、上限の料金のところにその金額を書き込んだ。

すると、3日経って、「謝絶」と題する以下のような返信が、国会図書館の関西館から届いた。文面を、そのまま引用する。

お申込時に設定された上限金額を超過する見込みですので、キャンセルいたします。見込金額は2,591円です。ご参考までに、申込資料の補償金単価は最初の1頁が500円で、2頁目以降1頁ごとに100円です。

これには、驚き呆れた。高々15頁ほどの論文の画像コピーが、2500円を超えるなど、およそ信じがたい。コピー機でコピーをしても、世間一般では、人件費を含めても500円は掛からないだろう。デジタル資料の場合、コピー機とは異なり、画像は頁ごとに数えるというのも、まったく想像外のことだった。さらに言えば、こちらが求めているのは、PDFの画像である。コピー機なら面倒な作業ゆえ、人件費が必要なのは理解できるが、PDFの画像を送るのにそれほどの人件費が必要だとは到底思われない。そもそも、なぜ最初の1頁に500円が必要なのか。「補償金」とあるのだが、これは調べてみると、著作権者に支払う金額らしい。この著作権者とはいったい誰なのか。論文の執筆者なのか、雑誌の発行元の学会なのか。いずれにしても、こんな馬鹿げた名目での金額を求められたことは、これまで一度もない。私の論文が、図書館等で、どれほどコピーされているかはわからないが、そんな「補償金」など、私の場合、まったく受け取ったことがない。どんな根拠にもとづいて、これほど愚劣な仕組みが出来上がってしまったのか。まことに理不尽としかいいようがない。

ここまで来て、デジタル資料の複写の申し込みに、なぜ金額の予定上限の記入欄があるのか、その理由がやっとわかった。おそらく、私のような誤解をする依頼者が数多くいるからに違いない。
とはいえ、私の場合、これはどうしても読んでおく必要のある論文なので、仕方なく、予定上限を3000円に改めて、再度申し込んだ。繰り返すが、これは、余りにも理不尽である。

研究上に生じた問題なので、研究に分類しておく。

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