雑感

「七人みさき」と「神々の深き欲望」

投稿日:2025年4月18日 更新日:

必要があって、秋元松代の「七人みさき」を読み返した。このブログのどこかに書いたように、秋元は日本の劇作家の中で図抜けた存在である。
「七人みさき」は、四国の、おそらく高知県の、世間から隔絶した、過疎と呼ぶしかない山村(「影村」と呼ばれる)を舞台とする現代劇である。そこには、さまざまな因習ないし宗教的な世界のありようが色濃く残されているが、一方では土地開発を計ろうとする新たな動きも見られ、さらには兄と妹の近親相姦の物語が、その底流をなしている。「七人みさき」のミサキとは、祟り神を意味するが、それへの畏れが、戯曲全体の基底にある。この村を支配し、関白と呼ばれる光永健二は、都会の大学を出て、洋行の体験もある大山林地主である。その光永が、村人をすべて余所に移住させて、この村を「(都会人向けの)秘境」として開発することを目論む。そのために、都会から測量技師を呼び寄せる。

「七人みさき」の、そうした筋書を読み返しているうちに、突然、今村昌平の映画「神々の深き欲望」を思い起こした。相似形ではないかと感じたからである。
今村の映画の舞台は、沖縄の架空の島(クラゲ島)だが、そこはやはり古くからの因習と土俗的な神への信仰に支配されている。兄と妹の近親相姦の関係が、やはり基底にある。一方で、島の支配者でもある竜立元(りゅう・りゅうげん)は、サトウキビ工場を経営するとともに、水資源の開発を目指して、調査のための測量技師を、やはり都会から呼び寄せる。

ここまでの設定は、右のように、相似形といえる。山村と孤島との違いはあっても、そこは基本的に周囲から隔絶された世界としてある。そのありかたが、土俗的な因習と根深く結びついているのだが、そこに新たな開発の動きが現れる。それゆえ、この二つの作は、そうした因習に満ちた世界と、そこに新たに流入した都会的な価値観との抗いを描いているともいえる。都会からやって来た技師が、そこに巻き込まれるところも共通する。

今村の映画は1968年に公開されている。一方、秋元の「七人みさき」は、当初はテレビドラマとして構想されたのだが、その放映は1971年のことである(戯曲の完成は1974年)。だから、この二作は、ほぼ同時期に作られている。あたかも高度経済成長の進展する時期にあたる。その後のオイルショックを契機に、過度な環境破壊や公害問題が取り沙汰され、都会と地方の格差、地方の過疎化の影響が徐々に深刻化していくことになるが、この二つの作は、そうした問題が生じる行く立てを、どこかに見据えて、あるいは予感して生み出された、と捉えることもできる。そんなことを、あらためて思った。

「神々の深き欲望」のDVDは信濃追分の山荘に置いてあるので、見ることができないまま、これを書いている。だから、事実誤認もあるかもしれない。太根吉(ふとり・ねきち)が妹のウマと舟で島を抜け出し、後を追ってきた村人に舟上で撲殺される場面は、映画館で初めてこれを見た際、ずいぶんと戦慄を覚えたものである。

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