このブログで、ずいぶん以前に記した「近未来の科学技術」の中で、中学生の頃に読んだ『月は地獄だ』について触れた。当時、『SFマガジン』に連載されていたSF小説である。
私のことを文系人間だと思われるかもしれないが、小学生、中学生の頃はまったくの科学少年だった。小学生の頃は、渋谷の東急文化会館の8階にあった五島プラネタリウムの「星の会」の会員だったし、中学二年生の頃は、毎週土曜日の午後、別の中学校で開設されていた「科学センター」に通わせてもらい、そこでいろいろな実験をしたりした。
高校に入ると、生物部に所属し、プランクトンの研究などをしていた。中学生の頃、牧野佐二郎『人類の染色体』(紀伊國屋新書)などを読んだ影響か、生化学(biochemistry)につよく関心をもったことも関係しているかもしれない。それで、理学部に進学したいと思い、高校時代は、ずっと理系のクラスにいた。
ところが、現実は厳しく、生物、化学の成績はよいのだが、物理がまったく振るわない。とりわけ力学がさっぱりわからない。これでは、理系への進学はとても無理だと考えるようになった。
そんな過去があるのだが、私が科学少年であったことは間違いない。そこで、『月は地獄だ』である。
ごく最近、古本屋で、古いハヤカワ文庫を見つけて買い求めた(いまは絶版だが、kindle版はあるらしい)。書名は『月は地獄だ!』で、「!」が入っている。原文の題も“THE MOON IS HELL !”で、やはり「!」がある。作者は、ジョン・W・キャンベルJr.。1950年の作である。
アポロ計画の開始が1961年、人類が初めて月面に降り立つのが1969年のことだから、この小説は20年近くもそれに先立つ作になる。
地球へ戻るための帰還船が月面に墜落したため、月世界探検隊の13名(当初は15名)の隊員たちはそこに取り残され、空気も水も食料も欠乏する状況に置かれる。9ヶ月後、辛くも生き延びた7名が、新たに建造された帰還船によって救われるという話である。その苦難の日々が、副隊長ダンカンの日誌の形で記されている。
隊員たちは、月の鉱物を利用して、光電池を作り出し、空気や水や食料までも、やはり月の鉱物を合成して作り出す。いかにも荒唐無稽ではあるが、作者のキャンベルJr.は、MITの出身者だから、その学識をもとに、それを不自然とは思えないように描いている。
もっとも、そこで作り出された食料が、別の深刻な問題を生むことになる。その食料は、エネルギー源としては十分だが、人間の生存にとっての重大な要素(「ビタミン状のRB-X」)を欠落しているために、隊員たちの生命を徐々に脅かす。備蓄してあったわずかな食料(こちらは本来の食料)を盗む輩(やから)が現れたりもする。どうにか生き延びた7名は、死に瀕した状態で救い出されることになる。
興味深く思われたのは、こうした月世界探検が、国家事業としてではなく、人々の資金拠出で行われていることで、そうした資金拠出を待たなければ、新たな帰還船の建造もできない。なるほど、アポロ計画以前の小説であることが、ここからもわかる。
とはいえ、繰り返すように、この小説の全体は、いかにも科学的な裏付けがあるように描かれているから、荒唐無稽な印象を与えず、むしろリアリティがある。SF小説の一つの金字塔であることは、間違いない。
『SFマガジン』の連載を熱心に読んだはずなのに、文庫本を読み直してみると、内容をほとんど覚えていなかったことに呆れている。
それにしても、やはり、先のブログに書いたように、月の世界に行きたいとは思わない。
(追記) あえて、別の項目を立てる必要もないかと思ったので、ここに付け加えておく。例によって英語の学習新聞“the japan times alpha”を読んでいたら、長期間の宇宙滞在を経験した宇宙飛行士に、頭痛、偏頭痛等の症状が現れることが紹介されていた。無重力状態に置かれたことが原因という。宇宙滞在の初期だけでなく、かなりの時間が経過してから、時には宇宙旅行終了後に、後遺症のようにそうした症状が現れるというから、なかなか深刻である。この頭痛、偏頭痛は、光や音の感覚異常をも伴うという。無重力が脳内の体液の状態に影響及ぼすことが、その理由のようである。人間は地球の重力を前提に身体が構成されているから、無重力が影響を及ぼすのは、少し考えれば、何の不思議もない。この記事には、宇宙空間での放射線被爆のことも簡単に記されていたが、こうした問題は、どう考えても簡単に片付くはずはない。だから、ますます月での生活など御免だと思うようになった。(2024年4月18日)