七夕さまの日に、札幌の北星学園大学で、日本文学協会(日文協)の研究発表大会が開催されたので、参加した。
家内同道で、遠く北海道まで来たので、札幌から南に足を延ばして、二股らぢうむ温泉に行ってみた。
ここは久しい以前から行ってみたい温泉だった。家にある戦前の温泉案内にも載っていたし、近年の療養温泉案内にも、ほぼ別格扱いの温泉として紹介されていたからである。
二股とあるように、JRの最寄り駅は、函館本線二股駅だが、そこからなお8キロほど山の中に入る。文字通りの一軒宿である。
二股駅を最寄り駅と書いたが、いまや長万部駅から小樽駅方面に向かう函館本線は、まったくの地方路線と化しており、新幹線が札幌駅まで延伸されると、廃線になるのはほぼ確定しているらしい。寂しい話である。
それで、宿泊客は長万部駅から、宿の車で送迎してくれる。私たちもそうしてもらった。二股駅までは、函館本線が道路と並行するが、手入れもあまりしていないのか、草が繁茂する中、その隙間から鉄路が見え隠れする。長万部からは車で30分ほどかかる。
昔の温泉案内には、巨大な石灰華の堆積の上に建つ、どこか地球外の世界を思わせる、ドーム状の大浴場の外観の写真が載せられていたが、20年ほど前に建て替えられ、いまはその面影はどこにもない。大きな新しい宿になっている。
温泉は実にすばらしい。泉質は含土類炭酸強食塩泉とかで、茶褐色に濁っている。微量のラジウムを含む天然の炭酸水が、蛇口から流れ出ている。混浴の大浴場は、急な階段を降りていくので、転びそうで危なっかしい。浴槽は四つあり、一方は温(ぬる)く、一方は熱い。熱い方は120㎝の深さがある。どちらの浴槽も、温泉の成分が固まって縁(ふち)に固くこびり付いており、うかつに皮膚を擦(こす)り付けると傷を負いかねない。付け加えるなら、男女別の風呂や露天風呂もある。
泊まり客は、ほとんどが療養目的で、一週間以上滞在する。浴場では、そうした泊まり客が、新参者に入浴の仕方を教えてくれる。朝・昼・晩・夜の4回、毎日8時間は湯に浸(つ)かり、後は部屋で休むのが原則だという。なるほど、温(ぬる)い湯なら長時間入っていられそうだし、浴槽の半分ほどは寝て入れるような深さになっている。
療養効果は抜群だというのだが、私どもは、二泊三日の滞在だったから、残念ながら、その効果をはっきり実感するところまではいかなかった。食事も、毎度、家庭料理に近いものが出て来る。味はなかなかいい。お昼時にはおむすびや素麺を用意してくれる。
ただし、この温泉、部屋数はかなり多いのだが、泊まり客の数はずいぶんと少ない。10人ほどであろうか。だから空き部屋だらけである。女将さんが、ほとんど一人で切り盛りしているらしい。言葉は悪いが、民宿なみである。布団を敷くのも自分でする。ポットのお湯も自分で交換する。冒頭に紹介した療養温泉案内には、湯治客が殺到するので、予約は必須などと記してあったから、これは案外なことだった。満室になることもあるのだろうか。
キタキツネの姿も、ここで何度か見かけた。年老いたキツネが、露天風呂の周囲をうろついていたりもする。時折は、熊も出没するらしい。
ただ、繰り返すように、温泉は実にすばらしい。機会があれば、今度は、一週間くらいは泊まってみようと思っている。