雑感

甘納豆入りの赤飯

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小学生の頃まで、家ではよく赤飯を蒸(ふ)かした。いまは、電気釜があるから、ふつうの白米と同じく、赤飯も炊(た)くものかもしれないが、赤飯のようなおこわは、以前は蒸籠(せいろ)で蒸かして拵(こしら)えるものだった。
まだ健在だった祖母が、毎月一日と家族の誕生日には、決まって赤飯を蒸かした。その赤飯には、小豆(あずき)のほかに、インゲン豆の甘納豆が入っていた。
私は、それを当時、不思議に思わなかったのだが、ずいぶん経(た)ってから、わが家だけの変わった赤飯であることを知った。友だちに話したら、「気持ち悪い!」と言われたこともある。

いろいろ聞き合わせてみると、甘納豆の入った赤飯は、どうやら北海道独自のものであるらしい。
わが家は、もともと北海道の旭川市に住んでいた。私が東京に移り住んだのは、生まれてまもなく、昭和24年のことである。
ずっと北海道で育った祖母も、その時一緒に東京に来た。だから、わが家の食文化の基本は、万事、北海道風だった。バターご飯といって、茶碗によそった炊きたてのご飯に、バターを一(ひと)かけ載せて、それに醤油をたらし、かき混ぜて食べる。あるいは、チーズをこまかくちぎり、やはりご飯に載せて食べる。バターご飯など、いまもやってみたいが、健康に気遣う身としては、少々はばかられる。ただし、途轍(とてつ)もなく美味である。バターライスなどの比ではない。冬になると、酒粕(さけかす)を用いた三平汁(さんぺいじる)とか、大根の鰊漬(にしんづけ)、松前漬(まつまえづけ)なども作っていた。お雑煮も具沢山(ぐだくさん)で、鶏肉、大根、人参、筍(たけのこ)、高野豆腐、鳴門巻きのほかに蛸(たこ)が入るのだが、これは余所(よそ)の土地にはあまり見られない具材だろう。餅が四角で醤油味なのは、関東風である。

甘納豆の入った赤飯も、これらと同様、北海道から持ち伝えた食文化の一つだったのだろう。
ところが、最近になって、この北海道の甘納豆入りの赤飯について、驚くべき記事を目にした。その考案者が特定されているのである。農水省のHPなのだが、そこには以下のように記されている。

甘納豆の「赤飯」は、昭和20年代後半ごろに、札幌にある学校法人光塩学園の創設者で初代学長の南部明子先生により「忙しいお母さんが手軽につくることができるように」と考案された。自身も働く母であったため、「手間のかかる小豆の赤飯を炊くのは大変だが、子どもたちが喜ぶものを食べさせてあげたい」という想いから、米を炊いて甘納豆を混ぜ、食紅で色をつけるだけという簡単な調理法を確立した。
北海道の郷土料理の第一人者でもある南部先生は、全道各地で講演をおこなっていた。その際に、地方のお母さんたちに甘納豆を使った「赤飯」のつくり方を教えたところ、子どもたちが大喜びし、またたく間に人気を博した。その後、新聞やラジオなどのメディアで紹介されるようになり、一気に道内に広まっていった(農水省HP「うちの郷土料理 北海道 赤飯」)。

これは果たして、本当だろうか。家ではそんな話は聞いたことがない。第一、「昭和20年代後半ごろに……考案された」というのが事実なら、わが家の甘納豆入りの赤飯の実態とは齟齬する。

その後、青森県でも、ずいぶん以前から甘納豆入りの赤飯が作られていたことを知った。東大で同僚だった鈴木日出男先生は、青森県の御出身で、そこで幼少期を過ごされた。その鈴木先生から、青森の赤飯がやはり甘納豆入りであると聞かされた。鈴木先生は、昭和13年のお生まれだから、その赤飯が幼少期の体験なら(そう断言してよいと思う)、先のHPの記事との矛盾はさらに深まる。

調べてみると、山梨県や長野県でも、かなり以前から、甘納豆入りの赤飯が食べられているらしい。信濃追分の山荘に通うようになってから久しいが、長野県に広く展開するスーパーマーケットのツルヤでは、地元特産の花豆の甘納豆を入れたおこわを販売している。ただのおこわであって赤飯ではないが(花豆の色がうっすらと付いている)、これもそうした赤飯の文化の一つの現れと見てよいのかもしれない。実においしいおこわで、時々買って食べている。

そこで、再度、先のHPに戻ると、「昭和20年代後半ごろに……(南部先生)が考案された」というのは、事実ではないように思う。それ以前から、甘納豆入りの赤飯は存在しており、南部先生はその普及に貢献した、ということだったのではあるまいか。
北海道だけでなく、青森、山梨、長野県になぜ、その文化が広がっているのか。ひょっとすると、その歴史は、ずいぶん以前に遡れるようにも思うのだが、その探索はできずにいる。

いまのわが家では、甘納豆の入った赤飯は拵えていない。周りの家と同様、小豆だけが入った赤飯を電気釜で炊いている。大分県出身の家内は、どこかで甘納豆入りの赤飯を「気持ち悪い!」と思っているのかもしれない。もっとも、ツルヤの花豆の甘納豆入りのおこわは、よろこんで食べていたりする。

この小文を記したのは、農水省のHPが一つの権威となり、私には誤っているとしか思えないその内容が、通説として一人歩きを始めることを危惧するからである。もし、私の理解が間違っているなら、ぜひ御教示を頂戴したい。

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