以前、「オーケストラの経営危機」について記した。
そこで危惧したような事態が身近に生じたので、書いておく。
都民劇場という、会員制の舞台芸術の鑑賞組織がある。演劇、歌舞伎、新劇の各サークルのほかに、音楽サークルというのがある。年に八回、外国の一流オーケストラや演奏家、歌手の公演を、低廉な費用(会費)で聴くことができる。すでに70年近い歴史をもつサークルである。会場は、東京文化会館。当初は、日比谷公会堂、共立講堂などを使用していたらしい。述べるまでもないが、クラシック音楽の鑑賞組織である。
その音楽サークルが、突然、無期限休止になった。昨日届いた書面によれば、年々会員数が減少する中、今回のコロナ禍が追い打ちを掛けたとある。
この二年ほど、ずっと公演がなかったが、外国の演奏家の来日公演をもっぱらとしている以上、やむを得ないことには違いない。
だが、この根本には、より深刻な問題があるように思う。音楽サークルの会員は、大半が高齢者である。戦後の一時期、クラシック音楽が全盛を誇ったことがあるが、会員の中心は、どうやらその頃の聴き手であるらしい。かくいう私もその一人である。ならば、高齢化は必然ともいえる。
これも以前、イタリアの刑事物ドラマ、「モンタルバーノ」について記したことがある。その前置きで、ヨーロッパのクラシック音楽配信のテレビチャンネル、クラシカ・ジャパンが放送休止となった事情について触れた。これも契約者の減少が理由だが、そこにも高齢化の問題があるらしい。
クラシック音楽の聴き手は、いまや高齢者が圧倒的に多く、若い世代はずいぶんと少ない。深刻と述べた理由は、そこにある。
人間にとって、音楽の楽しみは不可欠だから、若い世代が夢中になる音楽は、クラシック以外にあるということなのだろう。
この状況は、日本だけのことではない。ヨーロッパの演奏会の聴衆も、見たところ高齢者が多い。オペラの場合は、さらにそれが顕著である。クラシック音楽の危機は、世界的な問題なのかもしれない。
コロナ禍の影響が、高齢者にもっとも大きく及ぶことについては、これもやはり以前に述べた。その理由は、高齢者には「先がない」からだが、クラシック音楽の場合、聴き手だけでなく、演奏家にもそれは当てはまる。
来年二月、ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)、ルドルフ・ブッフビンダー(Pf)の演奏会がそれぞれ予定されている(いた)。カントロフの場合、入国規制の影響で、チケット販売が延期となった。このまま中止のおそれもある。ブッフビンダーの場合は、すでに販売済みではあるが、これもどうなるかはわからない。来日不能になれば、中止のほかない。
カントロフは76歳、ブッフビンダーも75歳。いま聴いておかないと、まさしく「先がない」。コロナ禍の空白がもたらした損失は、余りにも大きい。
クラシック音楽だけでなく、能楽の世界でも観客の高齢化が進んでいる。これも私の学生時代とは大きく異なる。ひょっとすると、文化の枠組みそのものが大きく変化しているのかもしれない。大事な問題だが、これについては、あらためて考えてみようと思っている。