雑感

不思議な「英雄」

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ここでの「英雄」とは、ベートーヴェンの交響曲第三番のことを指す。それがなぜ不思議なのか。

昨夜(7月17日)、武蔵野市民文化会館で、フランス国立イル・ド・フランス管弦楽団の演奏会を聴いた。フランスのオーケストラは現地でも日本でも幾度も聴いているが、こんな名前のオーケストラが存在することは、まったく知らなかった。パリを囲むイル・ド・フランス地域圏の文化交流を目指す目的で1974年に設立されたという。

開演前に10分ほど、指揮者のユージン・ツィガーンが、演奏曲目の解説を聴衆にした。英語だととても聞き取れそうもないと思っていたら、流暢な日本語で驚いた。ツィガーンの母親は日本人で、ツィガーンも東京生まれなのだという。
初心者向けの演奏会ならともかくも、通常の演奏会で指揮者が曲目の解説をするなど、およそ初めての経験で、それがまず不思議だった。ところが、この解説は曲目の解説などではなく、むしろ演奏意図の説明が中心だった。「英雄」の他に、グリーグのピアノ協奏曲ほか二曲が演奏されたのだが、解説の大半は「英雄」についての話だった。なぜ、そうした解説が必要だったのか、演奏を聴いているうちに、その理由がはっきりとわかった。

ツィガーンの「英雄」の解釈がどのようにして生まれたのかはわからないが、解説で話していたように、これほどまでにテンポの揺れが強烈な演奏は、これまでまったく耳にしたことがなかった。第一楽章冒頭の、二つの強烈な和音は、フランス革命下、断頭台(ギロチン)で処刑される音を暗示しているので、それを再現する響きにするとか、第四楽章で弦の奏者たちを室内楽風に演奏させたりするとか、いままで聴いたことのない演奏であったのは確かである。しかし、何と言っても、全体を通じて、極端にまで緩急をつけたテンポの著しい変化が、耳を驚かした。聴く側も緊張したが、オーケストラも指揮者の意図に応えるべく、実に集中した熱のこもった演奏を聴かせてくれた。その意味ではとても面白い演奏会だったいえる。こんな「英雄」を聴いたのは、まったく初めての体験だった。

とはいえ、面白くはあったが、これがベートーヴェンなのかと言われると、やはり疑問符もつく。熱演であったのは確かで、満足はしたものの、フランツ・コンヴィチュニーを始めとして、ずっとベートーヴェンの演奏を聴き続けて来た私としては、今回の演奏は、やはり不思議な「英雄」と評するほかない。

その前に演奏されたグリーグのピアノ協奏曲の独奏者は角野未来(すみのみらい)だったのだが、平凡な演奏で、いささかがっかりした。可もなく不可もなしといった案配で、独奏者としての突き抜けたきらめきが感じられなかった。そんなことで、この演奏会はさしておもしろくもないかと思っていたのだが、休憩後の「英雄」ではっきりと目が覚めた。そもそも、フランスのオーケストラが、プログラムの中心になぜ「英雄」を置くのかが、当初からの疑問だったのだが、その演奏を聴いて、その理由がはっきりとわかった。これで入場料4800円。実に安いと思った。

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