雑感

「寄留」という言葉

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ずいぶん久しぶりに、三代目三遊亭金馬の落語「道灌」を聴いて寝た。「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」という少女の歌を聞いて、その意味がわからなかった大田道灌が、まだ自分は歌道に暗いと知り、その後精進を重ねたという「山吹伝説」を素材にした落語である。

その落語は、八っあんが、町内のご隠居のところに遊びに行くところから始まる。ご隠居に「徒然(とぜん)の余りだ、ゆっくりしていきなさい」と言われた八っあんが、「それなら、お宅に寄留しましょうか」と応ずる場面がある。

そこで、その「寄留」だが、これは、ずいぶんと懐かしい言葉である。私の子ども時代にはしばしば耳にしたが、いまやまったく聞かなくなったから、もはや死語の世界に属する言葉なのだろう。
辞書には「他郷または他家に、一時的に身を寄せること」(『日本国語大辞典』精選版)とある。寄寓とも等しい意味になる。
しかし、「寄留」が使われなくなったのは、もともとこれが、戦前から戦後の一時期、人の移動を監視、制約する法の中で用いられた言葉だったからだろう。大正3年(1914)に公布された「寄留法」には、本籍以外の一定の場所に90日以上居住する場合は、寄留地の届出義務があった。それを「寄留届」という。どこまで有効に機能したのかはわからないが、「寄留」という言葉に、権力の影がつきまとっていたのは確かだろう。

私の家でも、北海道の親戚の子どもなどが、一月以上滞在することがあったりしたが、親たちはそれを「寄留」と呼んでいた。「寄留法」は昭和27年(1952)に廃止されるが、その言葉は、しばらくは使い続けられていたのだろう。
金馬の落語は、昭和30年代の録音に違いないから、この言葉がまだ生きていた時代になる。ああ、こんな言葉があったと思い、この一文を記したような次第である。

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