雑感

傾城魚

投稿日:2025年9月8日 更新日:

下(しも)がかった話になるが、前もって御容赦を。

昨夜(9月7日)、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」という番組を見ていたら、よく知られた昔話の筋立てが、地域によってずいぶんと異なって語られていることが紹介されていた。私の家の書架には、関敬吾著『日本昔話集成』全六巻があるのだが、必要なところを拾い読みしたにすぎないから、ここで紹介された「桃太郎」などの話の地域差については、まったく気づいていなかった。

驚いたのは「浦島太郎」の話である。番組では、とりわけ異なる筋立ての例として、沖縄の宮古島の話が紹介されていた。

宮古島の漁師が、アカエイを釣り上げるが、それがたちまち美女に変じ、漁師と夫婦になる。しかし、妻となったアカエイはこれ以上陸地で生活するのは難しいと言って、龍宮に帰ってしまう。その後、龍宮から迎えが来て、漁師は龍宮に向かう。そこで、妻と楽しい日々を過ごすうちに、漁師は里心を起こし、故郷に帰ることになる。土産に酒の入った瑠璃色の壺をもらうが、その酒は極めて美味で、不老長寿の薬効もあったという。ところが、漁師は大金持ちになって、その壺のことを忘れてしまう。すると壺は白い鳥になって飛び去ってしまった。そのような筋立の話として紹介されていた。

『日本昔話集成』の「浦島太郎」「龍宮童子」などには、このような筋立ての話はまったく紹介されていない。

そこで、いろいろと調べて見た。どうやらこれは、宮古島に伝わる龍宮伝説の話型の一つらしく、漁師の名は湧川(ばくがぁ)マサリャと伝えられている。龍宮から戻ったマサリャは、土産にもらった壺から絶えず湧き出る美味な酒を売ってたちまち大金持ちになったが、もう酒に飽きたと言った途端、壺は白い鳥になって飛び去った、とする話になっている。平良(ひらら)の人頭税石の近くに、マサリャを祀る御嶽(うたき)がいまもあるという。

それはともあれ、私が興味を覚えたのは、この話の中で、漁師が釣ったアカエイが美女に変じて、漁師と夫婦になったと伝えられていることである。そこから、すぐに、三代目三遊亭金馬の演じた艶笑小噺を思い起こした。
ずいぶん大昔のことになるが、有楽町に東宝演芸場があり、そこで東宝名人会が催されていた。通常の寄席と同様、十日を一区切りとして興行していたから、三十一日がある月は、その日だけ余る。そこで三十一日会(みそかかい)と称して、この日限りの興行として、いろいろの噺家がバレ噺、普段の寄席では話せないお色気噺などを演じた。その録音がCD化されて残されている。手許にあるCDは、そこでの金馬の「艶笑小噺総まくり」と題する噺を収めている。一九六四年五月三十一日の日付がある。

その噺の中で、金馬は、アカエイを取り上げている。アカエイの腹部には、総排出腔と呼ばれる孔(あな)があるが、それは女の陰門とそっくりであり、漁師は長い航海で春情を催すと、アカエイを抱いて無我の境に入るのだという。それゆえ、アカエイは傾城魚(けいせいぎょ)と呼ばれたのだという。「アカエイの孔(あな)突っついて叱られる」といったバレ句、さらには「傾城魚(けいせい)の抱き心いかに春の海」といった句、あるいはまた、その句に添えられた「漁夫アカエイを犯すの図」と題する画(え)も紹介している。金馬は、博学・博識だから、どうやらそうした句や画の載った書物を見ているらしい。近世文学の専門家なら、それがどんな書物なのかをすぐに調べられるのだろうが、私ではまったくのお手上げである。

右は、しかし、アカエイを知る者にとっては、必ずしも驚くような内容ではないらしい。Wikipediaでアカエイを検索すると、すぐにそのことがわかる。アカエイは、尾に猛毒があるというから、もしこれに抱きつこうとするなら、その尾を切り取ったのかもしれない。総排出腔だが、画像で見ると、たしかに陰門に似ている。金馬が言うように、なるほど、誰でも「指を突っ込んでみたく」なるのかもしれない。

さて、そこで、宮古島の「浦島太郎」の話に戻るが、アカエイが美女と変じて漁師の妻となったとするその筋立ては、アカエイの傾城魚としてのありようを前提にしないかぎり、生まれるはずはないように思われる。
テレビ番組では、そうしたことにはまったく触れてはいなかったが、もしもそのありようがわかっていたなら、これを放送するのは難しかったに違いない。ならばこれは、知らぬが仏ということだろうか。

三代目三遊亭金馬は、安藤鶴夫がまったく評価せず、この両者はきわめて不仲な間柄であったとされる。その理由は恐らく、金馬の博学・博識が、安藤には面白くなかったからであろう。これは、安藤が間違っている。金馬はやはり昭和の大名人である。

(追記)その後、京都の国際日本文化研究センター(日文研)の艶本資料データベース所収の春本(しゅんぽん)『御覧男女姿(をみなめし)』に、まさしく漁夫がアカエイを犯している図(勝川春英画)があることを知った。なるほど、砂浜で漁夫がアカエイを組み敷いている。しばらく前まで、このセンターの運営会議委員を勤めていたのだが、こんな資料があることは知らなかった。なお、これは誰もが検索できる資料である。金馬が見ていたのがこの本かどうかはわからない(9月12日)。

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