雑感

ピザ Pizza

投稿日:2025年8月18日 更新日:

食べ物のピザである。イタリア語ではピッツァだが、日本ではピザと呼ぶのがふつうのようである。だから、ここでもピザと記す。
ピザは、いまはドミノ・ピザとか、ピザ・ハットとかの宅配で簡単に食べられるが、大昔はずいぶんとめずらしい食べ物だった。
ピザの名を知ったのは中学生の頃である。当時、東京交響楽団の定期会員だったが、そのプログラム冊子「Symphony」に、新宿の洋風居酒屋「どん底」の小さな広告が毎号載っており、そこにピザの名が看板メニューとして紹介されていた。
その当時は、だから、ピザという食べ物があることを認識していただけに過ぎない。それ以上に、どこでも食べられるようなものではなかったはずである。

初めてピザを食べたのは、大学に入ってからで、まさしくその「どん底」でのことである。「どん底」は新宿三丁目、末広亭の近くにあり、調べてみたら、いまも変わらず営業しているらしい。狂言研究会の先輩に連れて行ってもらったのが最初である。この界隈には、狂言和泉流の野村兄弟がよく出没していたから、そのつながりで、先輩たちも「どん底」に出入りするようになったらしい。名物の「どんカク」と称する怪しげなカクテルを飲みながら(まだ未成年)、ピザを食べたのが、それとの初めての出会いだった。

その後は、ピザを出すレストランも増えたから、時折は食べることもあったが、それほど旨いものとは思わずにいた。
その認識が改まったのは、四半世紀ほど前、長期間のドイツ滞在中、何度かイタリアに行き、そこで本場のピザを食べてからである。
その味が忘れられなくて、いろいろなところで食べてはみたが、同じような味にはなかなか遭遇しない。生地の焼き具合がまったく違うのである。そんな中で、これは本場に近い味だと思ったのは、赤坂の全日空ホテル2階のロビー横にあったラウンジのピザである。どうしてなのかはわからないが、違和感を覚えることなく食べられた。もっとも、これもほぼ四半世紀前の記憶であり、ホテルもその後ずいぶんと変貌したので、いまは利用することはまったくない。だから、そのラウンジでいまもピザを提供しているのかどうかはわからない。

宅配のピザも何度か利用して食べたりもしたが、これもさして旨いものとは感じられなかった。ドミノ・ピザにしてもピザ・ハットにしても、アメリカ由来のチェーン店だから、イタリアのものとは違って、アメリカ化したピザだからこんな味なのだろうと思っていた。

ところが、ピザはイタリア起源ではあっても、アメリカにおいて、現在のピザのありかたが生み出されたと知って、大いに驚いた。これも“the japantimes alpha”(8月15&22日号)に掲載されたAlex Dutsonという人の食のエッセイ「Pizza Margherita」から得た知識である。以下、それに拠りながら記してみたい。

ナポリには、Pizzeria Brandiという創業265年の古いレストランがあり、そこがPizza Margheritaの発祥の地であるとされる。1889年に、イタリア国王ウンベルトがこの地を訪れた際、皇后マルゲリータがそこで提供されたピザをいたく気に入り、それでそのピザがマルゲリータと呼ばれるようになったという。店には、その折、王室から送られた感謝状が、いまも飾ってある。ところが、ハーヴァード大学の研究者Zachary Nowakが、それを虚構と断じた。当時の新聞には、それに関する記事は一切なく、またその感謝状には、ピザのことがまったく記されていないからだとする。この話は、1930年代に作られた虚構だというのである。

そこから、この記事はピザの歴史に話を転ずる。それによると、ピザはもともとイタリア南部の最底辺の労働者たちの食べ物(円形のパン)であり、払う額に応じて切り分けられたそれを労働者たちが購入し、何とかそれを口にすることで、やっと露命をつないでいた、そうした類いの食べ物であったという。まともな人間が口にするようなものではなかったらしい。
ところが、イタリア国家の統一後、その苛政から逃れるため、1880年から1915年までの間に、主としてイタリア南部から約1300万人の人びとが移民としてアメリカに渡り、その主要都市にはイタリア人居住区が形成されることになる。移民の背景には、イタリアの深刻な南北問題も影を落としているのだが、そうしたイタリア人居住区を中心に、ずっと上質な材料を用いたピザが作られるようになり、それが現在のピザにつながっているということらしい。この記事には、明確にされてはいないが、そうした上質の材料を用いたピザが、イタリア南部においても次第に作られるようになったというのだろう。第二次大戦後、イタリアに進駐したアメリカ兵たちも、そうしたピザを熱烈に愛好したが、それもピザの価値を高める要因になったという。

こうしたピザの歴史は、この記事を読むまで、まったく知らなかった。それが事実なら、イタリアのピザの源流の一つはアメリカにあったことになる。ならば、ドミノ・ピザのようなチェーン店がアメリカ由来であることの理由もよくわかる。
とはいえ、私の場合、やはりイタリアで食べたピザの味は格別なのものとして、いまも記憶として舌に残る。それは一体何故なのだろうか。

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