雑感

イスカリオテのユダ・続

投稿日:2026年3月25日 更新日:

先のブログ「イスカリオテのユダ」において、ユダの裏切りについて、多くの議論があること、さらにはそれが神学上の大きな問題にもなっていることを記した。その上で、そうした面倒なところにはここでは立ち入らないとも記した。

しかし、バッハの「マタイ受難曲」を鑑賞する際、このユダの意味づけが、避けて通れない問題を有していることが、礒山雅氏の名著『マタイ受難曲』に記されていた。その紹介をし忘れたことに気づいたので、先のブログの補遺として記しておく。

「マタイ受難曲」は、ユダの自殺と、その後の、ユダが投げ返した銀貨30枚が、血の贖(あがな)いの、いわば汚れた金であるがゆえに、ユダヤ教の祭司者たちが、それを「巡礼者たちの墓」(「血の畑」と呼ばれる)を購入するための代金に宛てたことを告げる。その中に、詩人ピカンダーの詞章による、以下のバスのアリアが挿まれている。訳は、礒山氏による。

私のイエスを返してくれ!
見るがいい、殺しの報酬である金を、
戻って来た放蕩息子はお前らの
足もとに投げ出した。
私のイエスを返してくれ!

この「放蕩息子」は、文脈から見て、ユダを指す。だが、なぜユダが「放蕩息子」と呼ばれるのか。「マタイ伝」以下の福音書を見ても、ユダを「放蕩息子」と呼んだ例はない。そこで、礒山氏は、ここに「ルカ伝」第15章の「放蕩息子」の説話が意識されているのではないかとする。「放蕩息子」の説話とは、以下のような内容である。イエスが説教の中で話した譬え話である。

ある財産家の父親が二人の息子に財産を分けてやる。兄はその後も忠実に父に仕えて、農作業に精を出す日々を送る。一方、弟は分けて貰った財産を受け取るやいなや出奔し、遠い地で放蕩を重ねて、財産をすっかり使い果たしてしまい、ついには食べ物にも事欠くありさまになる。それで、弟はやむなく父のもとに戻り、前非を悔い、「罪を犯したゆえに、あなたの息子と呼ばれる資格もない」と告げる。父は、その弟に最上の着物を着せたり、指環をはめてやったりし、さらには肥えた子牛を屠(ほふ)って盛大に祝宴を催す。これを見た兄は、そうして父が弟を歓待するさまを見て腹を立てる。父はそこで兄をなだめて、「死んだと思った弟が、こうして生きて見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえだ」と語った。

罪を自覚し、悔いることがいかに大切であるのかが説かれている。そこで、「マタイ受難曲」の「放蕩息子」である。ここも「戻って来た」とある以上、この話が意識されていると見てよい。ならば、ユダもまた、おのれの罪を自覚した存在として、「ルカ伝」の「放蕩息子」と同様、何らかの救いが暗示されていると見てよいのかどうか、そこが問題となる。ただし、「マタイ受難曲」は、一方で、ユダが首を括って自殺したことを明確に説いているから、そう見てよいかどうかはやはりわからない。
もっとも、ユダという存在の意味づけは、近年の聖書、神学研究では、断罪一辺倒ではなくなりつつあるらしく、その意味では、礒山氏の言われるように、ユダを「放蕩息子」に重ねた、この「マタイ受難曲」のありかたは、そうした研究動向を、いわば先取りする意味をもつともいえる。
ここでの「私のイエスを返してくれ!」の発話主体も明確ではないが、これも礒山氏が述べておられるように、ユダが意識されていると見るのが自然だろう。
当時のいわゆるルター派の神学においても、ユダは徹底的に断罪されるべき対象とされていたというから、ピカンダーの詞章に拠ったにしても、バッハの先見性は、やはり驚くべきものがあるといえる。

以上、礒山氏の名著に記されたところを、私なりに紹介したことになる。先の記事とあわせてお読みいただければ幸いである。宗教音楽になじみの深い方々にとっては、いまさらながらの内容であるには違いないが、こちらは初学者、そこは御寛恕を願いたい。

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