雑感

夢日記・再び

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明け方、妙にリアルな夢を見たので、懲りずにまたここに記しておく。
高齢になって、眠りが浅くなると、明け方頃、夢をよく見るのだが、目覚めるとすぐに忘れてしまう。だから、今年の初夢が何であったのかも覚えていない。

その初夢だが、新年になって初めて見る夢が初夢だとすると、先のブログ「今日は大晦日」に記したように、夕日の降(くだ)ちを一日の始まりとする民俗的な心意を前提に置くなら、大晦日の夜(つまり元日の夜明け)に見る夢でなければならない。『山家集』の巻頭歌に「立つ春の朝よみける」の題で、「年暮れぬ春来(く)べしとは思ひ寝にまさしく見えてかなふ初夢」という一首があり、立春と元日は異なりはするものの、立春の日の夜明けに見た夢を、西行は「初夢」と呼んでいるから、初夢はやはり、大晦日の夜に見た夢でなければならない。

もっとも、近世以降は、商人など、大晦日は掛け取りで忙しく、ほとんど寝る暇もないありさまだったから、そこで、元日の夜(二日の夜明け)に見る夢が初夢とされるようになったとされる。それがいまの一般的な理解だろう。二日の夜(三日の夜明け)に見る夢を初夢とする地域もあるようだが、どこから出て来た理解なのかわからない。

毎年、元旦に必ず聴くことにしている落語がある。私がご贔屓(ひいき)とする噺家、四代目三遊亭円遊が演ずる「七福神」である。ここには、元日に七福神の宝船の絵を売る男が登場する。「お宝、お宝、お宝、お宝、お宝絵」という売り声で、絵を売り歩く。よい初夢を見るために、その絵を枕の下に敷くのがお約束とされるから、ここでも元日の夜に見る夢が初夢とされていることがわかる。

そこで、今日の明け方に見た夢だが、何だかわけのわからぬ夢である。自転車に乗っていたら、タイヤの様子がどうもおかしい。ゴムの部分が白く変色して、ところどころ大きく剥げ落ち、チューブが剥き出しになっている。そのまましばらく乗っていたが、それ以上乗るのは無理だと判断して、自転車を押して歩き始めた。自転車を買った店で修理してもらおうと、そちらに向かって歩いて行くと、その途中に電車の踏切がある。どうやら小田急線の踏切らしい。そこを渡って、しばらく行くと、細い路地の隅に自転車屋の受付だけがあり、お姉さんがいて、応対してくれる。買ったばかりの自転車だが直るかと尋ねると、直りますという。上でしばらくお待ち下さいと言うので、その横の狭い階段を上がると、百畳敷くらいの和室になっている。丸い卓袱台(ちゃぶだい)がいくつか置いてあり、数人ずつがそこに座ってお茶を飲んでいる。私もお茶を飲もうと思ったが、その用意はどこにもなく、壁際には飲み物の自動販売機が数台置かれている。さて、どうしたものかと思ったところで、目が覚めた。そんな夢である。

昨年暮れに、自転車を買い換えた。前の自転車は四半世紀も乗り続けていたのだが、タイヤの横に大きな裂け目が生じ、ブレーキも変速ギアも満足に動かなくなったので、それで買い換えることにした。年齢も年齢なので、電動自転車にしてみた。そんなことがあったので、こんなおかしな夢を見たのだろう。もっとも、夢に出て来た自転車屋は、細い路地の隅で、受付だけしかないから、実際の店とはまったく違っている。百畳敷くらいの和室だが、これはどうやら、弘法山ハイキングの後(あと)、しばしば立ち寄った、弘法の里湯の二階にある休憩室のようなところらしい。それがどうしてここに現れたのか、まったくわからない。

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