雑感

昔の婦人雑誌の付録

投稿日:2023年4月7日 更新日:

しばらく前までは、家庭婦人を対象とする、婦人雑誌と呼ばれる種類の雑誌があった。いまなお刊行中の雑誌もあるが、昭和という時代の終焉と前後して、その大半は姿を消してしまった。社会の変化によって、それまでの家庭婦人というありかたが、許容されにくい状況が生まれたためであるに違いない。
だが、ここで述べたいのは、そうした婦人雑誌の消長ではない。昔の婦人雑誌の付録についての、ごく些細(ささい)な思い出、記憶に過ぎない。

付録といっても、家庭料理の手引き書である。新書を一回り大きくしたくらいのサイズで、かなりの厚みがあった。それが、わが家の物置代わりの押入の中に入っていた。
いろいろな料理の調理法が記されていたのだが、それに混じって、食にまつわるさまざまな逸話が、囲み記事のような形で紹介されていた。

もはや記憶の彼方なのだが、こんな話があった。
水戸の黄門様(こうもんさま)が、諸国漫遊の旅の途中、ある茶店(ちゃみせ)で中食(ちゅうじき)を使った。沢庵漬(たくあんづけ)が添えられていたのだが、包丁がきちんと入っていなかったためか、幾切れかが繋(つな)がって、箸にぶら下がって来た。そこで、黄門様は、料理人を呼び出し、次のような教訓を垂れた。おいしい沢庵漬を作るためには、大根を吟味するところから始まる。立派な大根を育てるには、お百姓さんの丹精(たんせい)がある。その大根をよく洗い、寒風に曝して干し、それを糠(ぬか)に入れて、重しを載せ、時間を掛けて拵(こしら)える。ずいぶんと手間暇を掛け、そうして作った沢庵漬なのに、最後のところで料理人が油断したために、それまでの苦労が報われない結果になってしまった。だから、十分注意をするようにと、説教したという話である。いわば、「九仞(きゅうじん)の功(こう)を一簣(いっき)に虧(か)く」に通ずるような戒めなのだが、いかにも教訓臭芬々(ふんぷん)の、水戸黄門漫遊記にふさわしい内容である。

もう一つ記憶に残っているのは、雲水(うんすい)体(てい)の坊さんの話である。炊き上げたばかりの、ほかほかに湯気の立つ米の飯(めし)を、丸い巨大なお櫃(ひつ)に入れ、それを肩に担いで、本堂にずらりと並んだ仏様の前を、「それ嗅(か)げ、やれ嗅げ」と言いながら通り抜けた、という話である。坊さんの名も、○○坊と記されていたはずだが、すっかり忘れてしまった。そこには挿絵もあったから、その光景だけは、いまもよく覚えている。

その押入には、婦人雑誌の付録がもう一冊入っていた。B6版くらいの小冊子で、表紙は、濃い藤色だったように思う。名流、名家の夫人に訊ねた、家庭医療、民間医療の具体的な方法のあれこれを、症状別に並べた一種の手引き書である。当時は、考えもしなかったが、その内容から見て、戦時中、病院などでの医療や医薬の提供が、次第に困難になっていった頃の付録であったかと思われる。
この症状には、どんな薬草が効くのか、といった記事が、「○○女史」とか「△△男爵夫人」とかの署名入りで並んでいた。

この小冊子は、実は、私の性の目覚めに関係する。この付録を見ていたのは、小学校六年生くらいのことなのだが、その実態がどのようなものであるのかもわからぬまま、「性病」とあるところに関心をもったりした。淫靡な感じをそこに覚えたのだろう。そこから、「淋病」とか「消渇(しょうかち)」といった言葉を知った。「宅の出入りの大工がひどい淋病を患(わずら)っていたので、これこれの方法で治してやりました」といった実例が記されていたのを思い出す。当時の名流、名家の夫人が、出入りの職人の下(しも)の病(やまい)の相談にまで与っていたというのは、いま思うと驚きである。

さらに直接に性の目覚めに関係する記事もあった。「蟯虫(ぎょうちゅう)に、ニンニク汁の灌腸(かんちょう)」という内容で、十二歳になる姪が、寝ていて痒みがひどいので、ニンニクを煮詰めた汁の灌腸を、就寝前に何度かしてやったら、駆除できたという内容である。その様子を想像しつつ、これまた淫靡な感じ、性的な昂奮のようなものを覚えたことを、いまも記憶している。

こうした冊子類を付録をにしていた婦人雑誌の名は何であったのか。後者の小冊子は、戦時中のものらしいから、『主婦の友』『婦人倶楽部』あたりであろうか。前者の家庭料理の手引き書も、そこに収められた逸話から考えると、少なくとも戦後間もなくの頃の雑誌であるように思われる。

『主婦の友』『婦人倶楽部』などは、国会図書館あたりには所蔵されているのかもしれない。だが、付録まではどうであろうか。もう一度ながめてみたいと思うのだが、それ以上に、これらの付録は、文化史料としても貴重なのではないかと思う。

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