雑感

腋毛(わきげ)

投稿日:

やや下(しも)がかった話も混じることをご容赦願いたい。

「カルメン」というオペラは、人間心理の深層を突くようなところがあって、優れた演出で、優れた歌手が演じると、その感銘はまことに深い。
「カルメン」の映像はいくつもあるが、舞台上のものではなく、もう30年以上も昔に制作された映画が、いまだに最高の出来だと思っている。フランチェスコ・ロージー監督の作品で、指揮はロリン・マゼール。ホセがプラシド・ドミンゴ、エスカミーリョがルジェーロ・ライモンディ、ミカエラがフェイス・エシャムという配役で、カルメンはジュリア・ミゲネスが演じている。

ミゲネスのカルメンが実に素晴らしい。まるでカルメンのために生まれてきたような歌手である。歌手である以上に、女優としての存在感が何よりも圧倒的である。唯一の弱点は、声量に欠けるところだが、それを補って余りある不思議な魅力が全身から漂い出ている。いわゆる美人顔ではないが、その妖艶さは観る者を虜(とりこ)にする。ホセが魂を抜かれてしまうのも、いかにももっともだと思わせる。

ミゲネスのカルメンは、よく見ると腋毛(わきげ)を生やしている。それもカルメンの妖艶さを生む理由の一つなのかもしれない。ジプシーというのは、他称ゆえ、いまは自称のロマを用いるようだが、カルメンは自分のことをボヘミアンと言っている。ボヘミアンも自称らしい。腋毛は、ボヘミアンらしさの強調なのかもしれない。

いまの日本では、男女を問わず、体毛への拒絶感がつよい。電車に乗ると、美容エステや美容外科の全身脱毛の広告がやたらと目に付く。全身つるつる状態がよいということらしい。だが、女の腋毛についていえば、ごく近年までそれを剃ることはなかったように思う。四代目三遊亭円遊の「浮世床」の枕を聞くと、それがわかる。和服の婦人が、電車のつり革につかまる際など、袖口から腋毛が見えないようそっと隠すが、それが女の色気だと言っている。昭和四十年前後の録音だから、このあたりまでは腋毛を剃らなかったのだろう。カルメンの場合も、ボヘミアンだからではなく、その時代はヨーロッパでも腋毛を剃る習慣がなかったのかもしれない。全身つるつるがよいということになると、「尻の毛まで抜かれた」という言い回しなど、通用しなくなってしまうだろう。

ジュリア・ミゲネスは、1989年に公開されたミュージカル映画「三文オペラ」でも、娼婦ジェニーを演じている。やはり、妖艶さは変わらない。この中の歌では、「マック・ザ・ナイフ」が有名だが、「大砲ソング」もいい。

-雑感

Copyright© 多田一臣のブログ , 2024 AllRights Reserved.