このブログで、二度ほどラジオ体操やラジオ体操の歌について書いた。今回はその関連になるが、紛らわしいので余談とした。
YouTubeをあれこれのぞいていたら、「ラジオ体操 第一 /東京都交響楽団」という画面が目に入った。「ラジオ体操 第一」の音楽をオーケストラに編曲したものらしいということがわかって、さっそく視聴してみた。
まさにその音楽であって、オーケストラの演奏で聴くと、なかなか味わいがある。作曲 服部正、編曲 萩森英明、指揮 和田一樹とある。演奏は東京都交響楽団。服部正は、著名な作曲家のようだが、その名はまったく知らなかった。調べてみたら、作曲家の服部良一とは、同姓だが無関係と注されていた。
この演奏に合わせながら、ラジオ体操をやってみた。普段もやってはいるのだが、それよりもずっと身体的にきつい。演奏がややゆったりめなので、一つ一つの動きを、より深く丁寧にやらないといけないかららしい。ラジオ体操を軽い体操だと考えて、いい加減に手足を動かしていたことが、あらためて反省させられた。
このオーケストラの演奏で、もう一つ気づいたことがある。それは右に記したこととは別に、この演奏で体操をすると、身体の動きと演奏のタイミングがうまく合わないところが何か所か出て来ることである。ある動作から次の動作へと移る際、演奏とどこか微妙にずれる。音楽だけを聴いていると、その流れはまことに自然に感じられるのだが、これで体操をすると、ぎくしゃくとするところが出て来る。
ここから、ふとバレエ音楽のことを思った。バレエとラジオ体操とは違うが、踊り手の動きと音楽の関係は、ラジオ体操の動きと音楽の関係とも重なるところがある。
そこで、バレエだが、バレエは通常、それを専門とする指揮者が指揮をする。一般的なオーケストラの指揮者は、多くの場合バレエの指揮はしないだろう。世界的な大指揮者が、バレエの指揮もしたという話は、寡聞にして知らない。オペラの指揮をすることはあっても、バレエの指揮はまずしない。バレエ音楽そのものの指揮をしないわけではないが、それは踊り手のいない、演奏会用の曲に限られる。
その理由だが、バレエにおいては、その音楽は舞台上の踊り手の動きとぴたりと一致していなければならず、それを優先させると、音楽そのものの自然な流れと微妙な齟齬を生んだりするからであろう。バレエの指揮者は、踊り手の動きとうまく合わせるように指揮をする。そのためには踊り手の動きにも通じていなければならないから、なかなか高度の修練が必要になる。ならば、バレエの指揮者は、いきおい専門家とならざるをえないだろう。
もしもバレエの指揮者がひたすら自身の音楽性のみを重視し、己が美しいと感じる音楽の流ればかりを優先するなら、踊り手はどこかで、自分の動きとはそぐわない違和感を覚えることにもなるだろう。踊り手の動きと一致させつつ、すばらしい演奏を引き出すのは、なかなか難しいわざであるに違いない。経費節減のためもあってか、録音した音楽を伴奏に演ずるバレエ公演もあったりするが、その場合、踊り手はその動きをひたすら音楽に合わせるだけになってしまい、踊り手と音楽の間に生まれる緊張感はなかなか得られない。
このバレエと音楽の関係が、オーケストラの演奏でラジオ体操をやってみた際、私が覚えたぎくしゃくとした違和感ともどこかでつながっているように思われる。そこから、あらためてバレエの指揮者の役割について認識したような次第である。もっとも、オペラの場合には、こうした問題は起きないのかどうか。そんな疑問を覚えたりもするのだが。