またしても食べ物の話で恐縮である。
ハンバーガーを初めて食べたのは中学生の時である。60年以前の昔のことになる。
同居していた伯母が、時折、お土産に買って来てくれた。新宿駅の構内、いまならエキナカの一隅に、ハンバーガーを売っている店があった。ハンバーガーは、白い紙箱に入れられていたが、その横にはアルミホイルに包まれたポテトチップスが添えてあった。
実に素晴らしいハンバーガーで、ずいぶん後(のち)に、マクドナルドが日本に進出した際に食べてはみたが、それよりもずっと美味だったように記憶している。
このハンバーガーの店が、新宿駅の構内のどこにあったのか。高校時代は新宿駅を利用しており、その店のありようもぼんやりと思い浮かぶのだが、それ以上はわからない。店の名前も忘れているし、ハンバーガー専門の店であったのかどうかさえ定かではない。いつまであった店なのかもわからない。いろいろ調べてはみたが、それについて記したものは見つからない。もしご記憶の方がいらっしゃったら、ぜひ教えていただきたい。
ハンバーガーついでに、ハンバーグについても記す。これは、上野の東京文化会館の精養軒のハンバーグである。
中学二年生の時に、東京交響楽団の定期会員になった。これも以前、どこかに書いたかもしれないが、定期演奏会のことを、英語でsubscription concertと呼ぶことを、そこで初めて知った。いまのサブスクである。予約演奏会という訳語の方が、語義に忠実かもしれない。
東京交響楽団の当初の演奏会場は、日比谷公会堂だった。それゆえ、しばらくは有楽町に通った。日比谷公会堂には、有楽町駅から日比谷公園の中を突っ切って行く。駅から日比谷公園に行く途中、細い道の左側にドラッグストアがあったのを、いまもありありと思い出す。アメリカ風の、つまりは真の意味でのドラッグストアであり、当時としてはかなり目新しい店だった。
定期演奏会の会場が上野の東京文化会館に移ったのは、昭和38年1月の第127回定期演奏会からである。
そこで、東京文化会館の精養軒である。演奏会の前にしばしば、そこで夕飯を食べた。決まって食べたのが、ハンバーグである。これも、いまや漠然とした記憶しかないのだが、楕円形などではなく、紡錘形の形状であったように思う。いまのハンバーグは、柔らかくて、肉汁たっぷりというのが売物のようだが、それとは違って、実にしっかりとした質感のある美味なハンバーグだった。
このハンバーグも、いつの間にか、姿を消した。ハンバーグはあるにはあるが、形も味も質感もまったく異なっている。どこでその変化があったのか、東京文化会館には、ずっと通い続けていたはずだが、それがわからない。だから、もはや舌の記憶だけに残る味である。
そのハンバーグをもう一度食べたいものだと、ずっと思い続けてはいるのだが、それに類したものにさえ、まったくお目に掛からない。
失われた味の記憶は、年が経つにつれ、理想化されていくから、ここに記したハンバーガーもハンバーグも、いま同じものを食べたら、さほど感動しないのかもしれない。もっとも、年少時分の、まだ荒れていない舌の感覚を信ずるなら、やはり感動するはずだ、とも思ってはいるのだが。