最近、箱根によく行くようになった。行くと必ず、箱根湯本の駅前にある店で、温泉饅頭を買って帰る。「和菓子 菜の花」の「箱根のお月さま」という名の温泉饅頭である。
なかなかしっかりとした作りで、温泉饅頭特有の茶色の皮も、もちもちとしている。十勝産の小豆を用いた漉(こ)し餡で、沖縄の黒糖を使用しているという。
なかなか結構な味で、食べて満足はするのだが、そのたびにいつも、昔よく買って食べた、黒磯駅前の温泉饅頭のことを思い起こしていた。
それで、先週、思い立って黒磯に行ってみた。そのついでに、那須湯本の宿にも一泊した。那須には、以前は、ずいぶんと足を運んだ。最奥にある秘湯、三斗小屋(さんどごや)温泉など、四十泊以上はしている。北温泉にも二十泊近くしていると思う。那須湯本に泊まったのは、実のところ、初めてである。
那須には二十年近く行っていなかったのだが、その変貌ぶりには驚いた。黒磯駅も新しくなっていたが、バスが東野交通ではなく、関東自動車の運行に変わっていた。どうやら、関東自動車に吸収合併されたらしい。
湯本に行く道の変貌にも驚いた。那珂川を渡って左折した先が長い松並木になっていたのだが、松がずいぶんと少なくなっている。松枯れにやられたのかもしれない。その先の道の両側もすっかり開けて、新しい店があちこちに建っている。
ところが、那須湯本に着いて、あたりを見回すと、以前と比べて、賑わいがない。かなり寂(さび)れている。コロナ禍の影響かもしれないが、理由はわからない。昔よく立ち寄った民芸店「みちのく」は、まだ健在だったが、あいにくと定休日だった。奥の喫茶室でコーヒーを飲もうと思ったのだが、これは当てが外れた。
そこで温泉饅頭である。那須湯本から帰るバスの中で、黒磯駅が近づくと、車内放送で、饅頭の宣伝文句が短い音楽とともに、いつも流れて来た。それがない。関東自動車になって、廃されたのだろう。
温泉饅頭の店は、駅前にある。「明治屋」という。明治元年創業というから、なかなかの老舗である。店頭で、饅頭を蒸(ふ)かしている。箱根の「菜の花」も同じである。
店に入って、土産用に、箱入りの饅頭を注文した。簡単なテーブルと椅子があり、お茶も用意されていて、そこでは、蒸かし立ての饅頭が食べられる。それで、一つ頼んで食べてみた。
一口食べて、「おや?」と思った。期待していた味とはどこか違う。不味(まず)くはないが、箱根のものには劣る。皮も薄くて何だか頼りない。後で聞いたら、同行した家内も同様に感じたという。
それで、幾分がっかりしながら、家に戻った。夕食後、持ち帰った饅頭の箱を開けて、食べてみた。そこで、また「おや?」と思った。今度は、美味しいのである。想像していた以前の味に戻っている。重曹の仄(ほの)かな香りも残っている。皮の頼りなさも気にならない。これこそが温泉饅頭といった感じで、何個でも食べられそうである。
ふつうの食べ物なら、蒸かし立ての方が味はよいはずだが、この温泉饅頭に限ってはそうではないらしい。箱根の温泉饅頭も、実のところ、持ち帰りの冷めたものしか食べていない。ならば、温泉饅頭は、冷めたのがいい、ということになるのかもしれない。
もっとも、冷静に比較すると、箱根の温泉饅頭の味は、やはり黒磯のものよりも洗練されている。ただし、一個あたりの値段は30円ほども違う。それも含めて考えるなら、私はやはり黒磯の方に軍配を上げたい。
なお、黒磯の餡は、那須産の小豆を使用しているという。餡は、当然ながら漉し餡である。私が大の粒餡嫌いであることは、以前のブログ「日本の三大豆大福」に記したことがある。
日本の温泉饅頭の発祥は、伊香保温泉の「勝月堂」の「湯乃花まんじゅう」だという。「勝月堂」は、明治43年の創業で、「湯乃花まんじゅう」も、その頃生まれたらしい。創業は、黒磯の「明治屋」がずっと古いが、その温泉饅頭はいつ頃から作っていたのか。これはまだ調べていない。
私は大の温泉好きだが、なぜか伊香保温泉には行ったことがない。だから、味比べができずにいる。なお、「明治屋」の温泉饅頭の名は、文字どおりの「温泉まんじゅう」である。味と同様、素朴でいい。