英字新聞“the japantimes alpha”を読んでいることは、何度か繰り返して述べている。この新聞の有り難いことは、一週間の内外の重要な記事を完結に要約したり、海外の興味深い記事を、APやReutersやAFP-jijiのように、配信された情報のままで掲載していたりすることである。
その“alpha”の2月23日号に、“Elon Musk announces first human implant by Neuralink”と題する記事が載っていた。APの配信記事である。
イーロン・マスク(Elon Musk)が出資した、ニューラリンク(Neuralink)なる会社が、超小型のデバイスを人間の脳に埋め込む臨床試験を実施したことが紹介されている。
これも、以前のブログで取り上げたのと同様、「近未来の科学技術」の一つに違いないから、ここでの見出しは、その「続」としておく。
臨床試験、つまり埋め込みの実施は、1月29日、マスクのX(旧Twitter)での投稿によって、明らかにされたとある。埋め込まれたデバイスは、大きめのコイン程度で、これを頭蓋骨の内側に埋め込み、そこから伸びる超極細の導線を、人体の動きをコントロールする脳内の部位に差し入れ、人間が思考するだけで、スマホやパソコンを自在に操作できるようにすることが、その目的になるという。
だが、そんな埋め込みをする臨床試験であるなら、人体実験そのものであろう。こんなことがなぜ許されるのかと思ったら、どうやらALSのような重篤な神経系の疾患、あるいは頸椎などの損傷による手足の麻痺などに対する医療行為の一環として認められたという。とはいえ、この埋め込みによって、そうした疾患や麻痺そのものが治癒するはずはないから、手足の動きなしに、脳それ自体の働きによって、外部の機器等を操作できるようにした、ということなのだろう。
臨床試験の詳細は、現段階では、一切明らかにされていない。マスクの投稿では、「埋め込みを受けた患者は、充分な回復を遂げつつある」とは述べられているものの、それ以上の具体的な説明はない。患者がどのような疾患であったのか、また埋め込み後、どのような経過をたどり、何が可能になったのかも明らかにされていない。
この臨床試験に対して、懸念の声があったことも、当然ながら紹介されている。この埋め込みが、将来的に、何らかの脳障害、脳出血や脳の発作を患者に引き起こす虞(おそれ)があるかもしれないこと、さらにはこうした試みが、医療目的以外にも拡大利用され、マスクが公言するように、ふつうの人間が思考するだけで、スマホやパソコンなど外部の機器を操ることが可能となるのみならず、あらゆる外部の情報とも自在な連絡が可能となるようなところにまで応用が進むことを究極の目的としているというから、そうしたところに生ずる危険への不安も指摘されている。
ここまで来ると、なるほど恐ろしい。誰もが、こうしたデバイスを脳に埋め込まれる日々が来ることを想像しただけでぞっとする。それが可能になれば、全体主義国家においては、威嚇の手段を用いることなく、国民のすべてを、指導者の忠実な僕(しもべ)に変えることもできるに違いない。映画“Matrix”のシリーズは、仮想現実の世界を舞台とするが、この臨床試験の記事を読むと、何かが頭に埋め込まれているあの登場人物たちを、どうしても思い起こしてしまう。マスクは、まさか“Matrix”のような世界をイメージしているのではあるまいが。
先のブログでは、近未来の科学技術の進展についての懸念を記したが、この臨床試験、さらにその先に予定されているものは、想像を絶する。これも先のブログで述べたように、科学技術は、後戻りすることなく、ひたすら一直線に進んでいく。そうした科学技術に対して、何らかの危険を感じた場合、どこかでそれに歯止めを掛ける必要が生ずるが、それが出来るのは、人間の智慧、つまりは人文知以外にはない。ここでも、それをつよく意識した。