一昨日(2月5日)の夜、久しぶりの大雪になった。翌朝、病院に行くために、車を動かしたのだが、車の上に降り積もった雪を取り除くのに、大汗をかいた。
大雪をもたらしたのは、南岸低気圧である。日本列島の南岸沿いを、急速に発達しながら進んで行く低気圧である。
この南岸低気圧を、以前は、台湾坊主と呼んでいた。台湾沖に発生する低気圧のことだが、天気図の等圧線の形状が、丸い坊主頭に似ているところから、その名がつけられた。天気予報でも、その言葉がごくふつうに使われていた。だが、どこかから台湾に対する蔑視であるとする声が上がったらしく、それでその言い方は、いつの間にか消えてしまった。
ただし、台湾坊主という言葉には、台湾に対する蔑視の意などない。台湾は、低気圧の発生する場所を示すに過ぎない。坊主もまた、天気図の形状をよく捉えている。坊主と呼ぶのは、茶化しすぎているというのだろうか。坊主が悪いのなら、別府温泉の「坊主地獄」などどうなるのか。だから、これも過剰な言葉狩りの一例であるように思う。
台湾坊主という呼び方が見られなくなったのは、それゆえ、「トルコ風呂」のような名が消えることになったのとは、重なる背景はあるにしても、事情をまったく異にする。台湾坊主には、無用な忖度が働いているからである。「トルコ風呂」の場合は、トルコ風の蒸し風呂という意味で付けられた名ではあっても、その業態を考えれば、トルコという国の尊厳を傷つける。その名が消えるのは、当然であろう。トルコ大使館からの抗議もあったという。
ここで、「トルコ風呂」から思い起こしたことに、話を転ずる。台湾坊主とも、無関係である。
トルコの国名は、漢字で記すと「土耳古」になる。だが、なぜ、これでトルコと読めるのか。「土」「古」がトとコにあたるのはわかるにしても、「耳」がなぜルと読めるのか。中国語を学んだ方は、すぐにおわかりかと思うが、「耳」は中国音ではerの音になる(例によって、四声は省略する)。だから、「土耳古」は、中国音を下敷きにした漢字名になる(ただし、中国語では、トルコは「土耳其」と記す)。地名でも、たとえばニューヨークを漢字で「紐育」と記すが、これも下敷きに中国音がある。「紐」は、中国音ではniuと発音するからである(中国語では、ニューヨークは「紐約」と記す)。
このように、外国の国名、地名を漢字にする際、中国音を用いた例は、たくさんある。問題は、なぜ一般に通用する日本の漢字音ではなく、中国音を用いたのかである。漢学者が介在していることは間違いないが、誰がなぜそのようなことを行ったのか。幕末から明治初期のあたりのことだろうが、いくら調べても、その経緯を記したものに出会わない(私が気づかないだけかもしれないが)。そこにどのような意識が介在したのか。イギリスを「英国」と記すのも、中国音でying guoだからだろう(これは、中国語でも「英国」)。「英 ying」はEnglandの意だろう。以上は、国語学の恰好の研究テーマのようにも思うのだが、どうだろうか。