雑感

パンダの香香

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例によって、学習者向けの英字新聞“the japan times alpha”を読んでいる。今週の一面は、
Fans flock to see panda before she returns to China
と題する記事だった。
中国に戻るパンダの「香香」に、大勢の愛好者が名残を惜しんで、上野動物園に押し寄せた、という記事である。

「香香」の名は、ここではあえて漢字で記したのだが、日本では「シャンシャン」と表記され、TVなどでも、そう発音している。一方、先の“alpha”の記事には、Xiang Xiangとある。
「香」の中国音は、拼音(ピンイン)で示すと、xiang(声調は一声)だから、英語の表記は、その発音に忠実である。日本語をそれに近づけるなら、「シアンシアン」とすべきだろう。だが、そうなっていないのは、「シアンシアン」が、日本人には発音しにくいからだろう。

上野動物園で「香香」が生まれたのは、2017年6月のことだが、その日本語の発音が、おかしな誤解を招いたことがある。
その年の12月、中国外交部の定例会見の場で、日本人記者の一人が、「香香」が一般公開されたことを受けて、それに対するコメントを求めた。それに応じた、女性報道官が、まったく見当違いの答え方をしたのである。
日本人記者は、中国語が不得手なのか、英語で質問したのだが、「香香」の名は、英語のXiang Xiangではなく、日本語の発音のように「シャンシャン」と呼んだ。
ところが、中国の報道官は、「シャンシャン」が、パンダの名とはわからず、それを当時の外務次官杉山某氏のことだと理解した。「杉山」の中国音は、これも拼音で示すなら、shan(杉)shan(山)であり(声調はどちらも一声)、まさしく「シャンシャン」にほかならない。ならば、報道官が、杉山氏のことだと思い込んでも、おかしくはない。その伏線として、杉山氏の発言か何かが、外交的な問題になっていたような記憶もあるのだが、これは不確かである。

他の記者からの注意で、それが誤解であることがわかり、女性報道官も思わず笑い出した。それまで、いかにも中国共産党の有能な官吏としての、強面(こわもて)の顔しか見せていなかった報道官が、にわかに表情を崩したので、「案外いい人かもしれない」という、意外な人間性を印象づけられたりもした。

“alpha”の記事を見て、この五年前の一件が、すぐに思い浮かんだ。Xiang Xiangの英語表記に気づいたからである。日本語の「シャンシャン」という発音なら、中国ではまず通じないだろう。

日本語の音韻が、中国語や英語に比して、単純に整理されていることが、こうした誤解を生む根本の理由ではあるが、それにしても、外国語を学ぶことの難しさは、こんなところにも現れている。

ところで、美人のことを「シャン」と呼ぶ。ただし、もはや死語の世界に属する言葉だろう。調べて見ると、ドイツ語のschoenに由来するという(oeはウムラウト)。旧制高校生あたりの愛用語だったらしい。「とてシャン(とてもシャンだ、とびきり美人だ)」などという言い方もあった。だが、schoenの発音は、シェーンかシェンのはずである。しかし、シェーン、シェンは、日本人には発音しにくい。それで「シャン」になるのだろう。そういえば、手拍手を打つのも「シャン」である。総会屋などの取り仕切りで、大過なく終わった株主総会を、「シャンシャン大会」などと揶揄するのも、その手拍子から来ている。

「香香」が、「シャンシャン」と呼ばれるのも、やむをえないことなのかもしれない。

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