研究

人文学の危機をめぐって・再論①

投稿日:2022年4月11日 更新日:

三年ほど前(2019年4月27日)、東京大学の国語国文学会の、「稽古照今(けいこしょうこん、古(いにしへ)を稽(かむが)へて、今を照らす。『古事記』序文に見える言葉)」を総テーマとするシンポジウムで、「人文学の危機をめぐって・再論」と題する報告を行った。その内容を、このブログに載せようと思う。その理由は、人文学を、とりわけ国文学を取り巻く状況が、ますます深刻なものになっているように思われるからである。分量が多いので、二回に分けることにする。このブログ「古典の危機」で書いたこととも連動する。以上が前置きになる。

「人文学の危機」をどう見るかということについては、すでに二回、名古屋大学、二松學舍大学で開催されたシンポジウムで、同じような話をしてきた。その報告書も『文学部の逆襲』(塩村耕編、風媒社)、『文学部のリアル、東アジアの人文学』(江藤茂博編、新典社)として刊行されている。

そこで述べたことは、近年の人文学不要論――大学にはもはや人文系の学問分野は不要であるとする風潮にどう抗(あらが)うべきか、ということだったのだが、二松學舍のシンポジウムでは、それとともに、これまた近年顕著になりつつある、中等教育の教員養成を、文学部のような学部ではなく、もっぱら教員養成を主目的とする教育学部のような学部に限定しようとする方向性が強められていることについても、その現状の報告を行った。東京大学の文学部、とりわけ国語、国文学研究室から多くの国語教員を輩出してきたことは、大きな誇りとすべきことだが、その国語教員となる道が次第に狭められ、さらには教員免許取得のための課程においても、「国語」という教科に直接関係する科目より、教職関係の科目をずっと多く履修することが求められるようになりつつある。これは、人文学の素養よりも、瑣末(さまつ)な教育技術や調整能力を重視することとも言い換えられるから、人文学不要論とも連動する動きと見られないこともない。

東京大学文学部でも、この時期、人文学不要論をどう見るかという趣旨のシンポジウムが開かれ、『文学部がひらく新しい知』(東京大学文学部広報委員会編著)と題する報告書が刊行されている。この中で、当時の文学部長であった熊野純彦(くまの・すみひこ)氏の基調報告が、実に興味深い指摘をしていて、目を開かされた。人文学不要論は、ネオリベラリズムつまり新自由主義の欲望の反復する現れであり、中曽根、小泉、そして安倍政権の動向と不可分であることが指摘されている。可能な事業の一切を市場原理に委ねるという方向性が、国鉄分割、郵政民営化として具体化されたが、教育についてもそれを及ぼした結果、実学重視、その裏返しとしての人文学不要論が現れたというのである。これはたしかにそのとおりだろう。

もう一つ、熊野氏の報告で教えられたのは、こうした新自由主義の政権のもとでは、ナショナリズム、国家主義に傾きがちで、それが結果として教育への介入に向かうとする指摘である。その介入が高等教育へと向かったのが、人文学不要論であるとも述べられている。ならば、それは、中等教員養成の制度の変化――教職科目の重視、教科の軽視といった動向とも符節を合わせることになる。二松學舍のシンポジウムでは、これを教育系学部と文学部の利害の対立の問題として捉え、夏目漱石『坊っちゃん』に描かれた(旧制)中学校と師範学校の対立から引き続いている問題かもしれない、などと述べたのだが、それはいささか表面的な理解に過ぎたようである。ともあれ、人文学の危機の根本には、きわめて大きな政治的動向の変化があったことを見ておかなければならない。

とはいえ、人文学の危機をこのまま座視するわけにはいかない。人文系学部の転換、統合が急速に、しかもあらゆるところで進行しつつあるからである。そうした動きに抗(あらが)うためには、繰り返しになるが、人文学がもっとも重要な学問分野であることを、外に向けて絶えず発信していくほかないように思う。

それでは、人文学とは何か。私は、何事も原理的なところから考えることを大切にする立場だから、ここでもまずはそうしてみたい。あらためて申し述べるのも気恥ずかしく思われる内容ではあるが、とりあえず二松學舍の報告書に記した一部を、そのまま引用する。

人文学とは、これは私の捉え方ですが、次のように考えています。人間――それを一人ひとりの個体と捉えると、それぞれの個体は、みな違っている。資質や能力、感性、価値観、とにかくあらゆるものが違っています。肯定的にいえば、みなそれぞれが個性をもっている。そのばらばらな個性が、それぞれの生き方を勝手に主張しはじめたら、社会は崩壊します。(中略)そこから、一人ひとりの個体と社会の関係を考える学問が生まれます。それが人文学です。人文学をよく哲・史・文に分けますが、その関係を個体のありようも含めて原理的に考えるのが哲学や思想であり、その関係を時間の軸で考えるのが歴史学です。では文学はどうかというと、文学は言語表現を直接の対象としますから、言葉によって生み出される世界を考えるのが、まずはその役割になります。絵画・音楽・身体、いろいろな方法で、世界を表現することはできますが、言葉のもつ普遍性はそれらにまさります。さらに、言葉は独自なはたらきをもちます。言葉は、現実とは異なる別の世界を作ることができるということです(この点は、絵画・音楽・身体なども同じです)。それは、人間の想像力の問題でもあります。いずれにしても、そうした言葉のありかたを考えていくこと、それが文学という学問の役割だと考えます。人間の思考は言葉によらざるをえませんから、哲学や歴史の基礎も言葉にあります。文学はだから、人文学の基礎学でもあることになります。要するに、文学部の学問、人文学の役割は、哲・史・文などと分かれてはいますが、一人ひとりの個体と社会の関係を考えるところに行き着くわけです。言い換えるなら、人文学とは、世界の根本を考える学問だということになります(多田一臣「文学部の逆襲・再論」『文学部のリアル、東アジアの人文学』)。

この理解は、いまも間違ってはいないと思っている。人文学が、大学においてもっとも中核をなすべき大切な学問分野であることは、ここからもあきらかであろう。

このように、人文学の大切なことは自明であるように思われるのだが、このような主張は、実のところ、世間からはほとんど一顧だにされていない。私が関係した二つのシンポジウム、またその報告書はそれなりの評価は得たものの、あえていえばその評価は身内からのものがほとんどであり、反対からいえば、人文学に関心を持たない人びとからは何の反応も得られてはいない。

一顧だにされない理由は、右に述べたような政治的動向が背後にあったためでもあろうが、そこにはより深刻な事情が介在しているように思われる。そこで、ここからは、国文学の世界に絞って、その問題を考えてみたい。簡単に述べれば、国文学の研究は、その内部にいる人間以外には影響力を持ちえないということである。前田雅之(まえだ・まさゆき)氏は「研究者共同体と大衆文化」と題する論の中で、「(国文学)研究者はそれが一人であろうと、共同体を組んでいようと、大衆社会が欲するものとはついにねじれた位置にあり、それがますます国文学の人畜無害性を高めることに結果した」(前田雅之『なぜ古典を勉強するのか』、文学通信)と述べているが、それもまた同じことを意味している。この論を収めた前田氏の著書『なぜ古典を勉強するのか』は、古典を学ぶことは、言葉を通じて過去とつながることであり、それによって私たちの時代である近代を相対化しうるとも説いているから、古典を学ぶ意義を否定しているわけではない。しかし、それにもかかわらず、国文学の研究者は、研究者集団(たとえば学会)の外とは、ほとんど交渉を持ちえないような現実があり、前田氏はそれを「人畜無害性」といった、やや自虐的な言い回しで卑下(?)している。前田氏は、『源氏物語』への一般の関心が、もっぱら作家の現代語訳や評論にのみ置かれており(ここにマンガを加えてもよいかもしれない―多田)、研究者の研究成果がそうした関心とは直接には結びついていない現実を、その例証として挙げている。

私も、最近、同様な経験をしたことがある。雑誌『ユリイカ』(青土社)が、四月臨時増刊号(2019年)で、梅原猛(うめはら・たけし)特集号を組んでいる。私もそこに「梅原猛氏の怨霊史観」と題する小論を寄稿した。梅原氏の『水底(みなそこ)の歌』を取り上げ、その評価について触れた論である。梅原氏の柿本人麻呂刑死説が、歴史的事実としてはまったく成り立たないことは、すでに益田勝実(ますだ・かつみ)氏の論によって確定しているが、それにもかかわらず想像力の問題、言い換えれば精神史の問題として捉え返すなら、梅原氏の論は現在も大きな意味をもつことを、そこで論じた。これは、国文学の世界では常識に属する見方であろう。ところが、先日、「朝日新聞」(2019年3月2日朝刊)読書欄の記事を読んで驚いた。評論家の東浩紀(あずま・ひろき)氏執筆の「ひもとく 梅原猛の世界」と題する一文なのだが、『水底の歌』について、「梅原氏の考えによれば」との注釈付きではあるが、「万葉集自体が、権力に翻弄された詩人たちが、その暴力に抵抗しようとして編んだ政治的な試みだった」とする見方を紹介して、「痛快だ」と述べ、「真実の追究と思考の快楽はけっして矛盾しない」とまで述べている。なかなか狡猾な書きぶりではあるが、益田氏などが批判した、梅原氏の論が抱える致命的な欠陥については、一切触れていない。歴史的事実としてではなく、想像力ないし精神史の問題として梅原氏の論を捉えるような視点も欠けているから、梅原氏の追悼記事であることを割り引いても、こうした「真実の追究」といったような見方が、おそらく世間一般の同意を誘うのだろうと推察された。梅原氏は、自身の言説を批判した国文学界を、口をきわめて痛罵したりもしたが、世間一般はそうした梅原氏の姿勢を、むしろ肯定しているようにも見受けられた。NHKなどが、梅原氏の人麻呂刑死説を実証するため、人麻呂が水死させられた場所と梅原氏が推定する鴨島の潜水調査に協力したのも、そうした世評の後押しがあったからだろう。ここでも、国文学の側の発信力のなさが露呈しているのは間違いないことだといえる。(②に続く)

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