テレビのナショナルジオグラフィックチャンネル(ナショジオ)で、ずっと放映されている「メーデー!(航空機事故の真実と真相)」という番組がある。「メーデー(Mayday)」は、国際的な緊急救難信号で、航空機などに危険が迫った際などに発信される。誤信を避けるため、緊急事態の際には、「メーデー、メーデー、メーデー」と三度繰り返される。
ナショジオの「メーデー」は、副題にあるように、実際に起こった航空機事故を画面上で再現し、その原因の徹底究明を図ることを目的とした番組である。現時点で、シーズン19まで配信されているから、なかなかの長寿番組である。制作は、シネフリックス (Cineflix)というカナダの映像会社である。
この番組を見て、重大な航空事故の多くが、人為的な原因によって引き起こされていることを知った。その人為的な原因も、日常どこにでも起こりうる小さなミスが発端だったりする。そうしたミスの連鎖・複合が大事故に結びつく場合も少なからずある。
とりわけ航空機の整備ミスは、大事故につながりやすい。たとえば、コンチネンタル・エクスプレス2574便の墜落事故。当初、尾翼の左右の水平安定板の前縁部を交換する予定であったが、時間の制約があり、右側前縁部のみの交換にとどめることになった。ところが、左右どちらの前縁部も交換するものと誤認した早番の整備チームの一人が、左側前縁部のネジまで外してしまい、遅番の整備チームにそれを伝えることをしなかった。ために、左側前縁部はネジの外れた状態のまま、整備を終えることになってしまった。遅番の整備チームは、右側前縁部だけの交換だと思い、左側の点検はしなかったからである。飛行中に、左側前縁部、さらには水平安定板が脱落し、そのまま墜落した。
あるいは、ブリティッシュ・エアウェイズ5390便の不時着事故。操縦席のガラス窓を交換した際、整備士が「このサイズでいいだろう」と、目測でネジを選んで止めたため、飛行中に緩みが生じ、窓ガラスが吹き飛んで、急激な機内減圧が生じ、機長の半身が機外に吸い出された。この時は、すぐに不時着することができ、機外に半身がずっと出ていた機長も、ひどい凍傷を負ったものの、何とか命は助かった。
いずれも、30年ほど前の事故だが、その原因の発端は、勘違いや、思い込み、あるいは連絡忘れなど、誰にでも起こりうる小さなミスである。
こうしたミスを防ぐためにマニュアル(手順書)がある。上の二つの事故も、マニュアルが存在しなかったわけではない。時間に追われたり、ルーティン・ワーク(決まった手順で繰り返し行われる作業)ゆえの油断もあって、それがマニュアル無視につながったらしい。いちいちマニュアルを参照するのは、面倒だということなのだろう。
マニュアルを補完するために、チェックリストも用意されている。マニュアル通りの手順を踏んだかどうかを、確認するためのリストである。ところが、ここにも陥穽(かんせい)がある。チェックリストの読み飛ばしがあったりするからである。
航空機の操縦には、厳密なマニュアルがあり、その一々について、チェックリストで確認する。それでも、事故は起こる。
ノースウエスト航空255便の墜落事故である。離陸直前の慌ただしさの中、滑走路や無線周波数の急な変更を迫られ、フライト・コンピューターの再入力など、その対応に追われるまま、操縦士は離陸時のチェックリストを読み飛ばしてしまい、その結果、主翼のフラップ(主翼の後縁部に設置された可動翼片。離着陸時、これを引き出して揚力を増し、失速を防ぐ)を出し忘れ、ために離陸後上昇できずに失速、墜落した事故である。
操縦士の責任ではあるが、チェックリストは、落ち着いた状態で、複数の目で確認しないと、こうした間違いは、往々にして起こる。
なぜ、ここで「メーデー」の航空機事故の話を取り上げたのか。それは、ごく最近、私自身が、チェックリストの読み飛ばしをやってしまったからである。
無論、私の場合は、重大事故に結びつくようなものではない。だが、年齢相応の頭の呆(ぼ)けがその原因らしく、それゆえひどく愕然とした。
顚末は以下のとおり。信濃追分の山荘は、冬の時期は寒さがまことに厳しく、気温も零下20度近くまで下がることがある。それゆえ、冬の時期はほとんど利用しないのだが、戸締まりの前には「水抜き」の作業が必須となる。凍結防止のため、水道管から水をすべて抜き去り、台所、風呂場、洗面台、トイレなど、水の残るところには、不凍液を入れる。洗濯機も持ち上げて、中の水を完全に排出する。なかなか面倒な作業なのだが、きちんとしたマニュアルがあり、チェックリストに従って進めれば、不都合は起きない。
これまで20年以上の間、一度も失敗はなかった。ところが、つい先日、「水出し(「水抜き」の反対。通水すること)」をしたら、風呂場の混合水栓から勢いよく水が噴出して、あたりが水浸しになってしまった。混合水栓には、「水抜き」のための「水抜き栓」が三カ所あり、「水抜き」の際には、まずこれを緩め、水を完全に排出した後、再び締めておかなければならない。その水抜き栓を、締め忘れていたのである。
この手順は、マニュアルにも、チェックリストにも記されているから、読み飛ばしがあったことになる。頭の呆けに違いないから、何ともそれが恐ろしい。「メーデー」の航空機事故を思い起こしたのは、それゆえである。やはり複数の目で確認しないといけないのだと反省した。