雑感

An Inspector Calls

投稿日:2022年1月14日 更新日:

前にも書いたように思うが、英国BBC制作のドラマは、総じて質が高い。
たまたま、AMAZONのPRIME VIDEOで、BBCのドラマ「夜の来訪者」を見る機会があった。その原題が“An Inspector Calls”である。

あまりに面白かったので、重ねて見た。英国の作家・劇作家J.B.Priestleyの戯曲が原作だが、その原作が1945年の作と知って驚いた。当時のロンドンには、上演できる劇場がなかったため、モスクワ(!)で初演されたという。
Priestleyの代表作でもあり、映画化もなされている。日本の舞台でも何度か取り上げられており、この3月にも俳優座での上演が予定されているという(設定を日本に移して、ということらしい)。

時代設定は1912年。その春の夕べとある。企業家・大富豪のBirling家で、その娘(Sheila)の婚約を祝うパーティーが開かれている。そこに、突然、一人の男が訪ねて来る。Gooleと名告る警部(Inspector)である。Gooleは、一人の若い女性(Eva Smith)が消毒薬(disinfectant)を飲んで自殺したことを告げ、その死に一家の全員(娘の婚約者も含めて)がかかわっていることを、言葉の応酬を通じて暴(あば)き出していく。サスペンス・ドラマに近いところもある。最後に二重のどんでん返しが用意されているのだが、それも含めて、見る者をまったく飽きさせない。

私が見たBBCのドラマは、2015年の制作という。舞台との違いが知りたくなり、邦訳(岩波文庫)を探したが、いまは絶版らしく、手に入らなかった。そこで、AMAZONで英文の原作を取り寄せた。存外わかりやすい英語で、英語力の劣化した私でも、さほど辞書のお世話になることなく、読み通すことができた。

全三幕。すべてBirling家の邸宅の一室で展開される。BBCのドラマでは、自殺した女性(Eva Smith)の登場場面なども映像化されているが、当然ながらここでは、すべて舞台上の登場人物の科白のやりとりだけで進行する。Gooleの鋭い追求に、予想外の事実が次々とあぶり出され、そのさまが実に小気味よい。
BBCのドラマに較べると、Birling家の娘(Sheila)の役割が大きい。この作品のもともとの意図もそこにあるのだろう。その婚約者もまた、別の意味で、第三幕の後半を主導している。それもまた注意される。

Gooleの正体が重要だが、ghoul(墓を暴(あば)く食屍鬼)との音の相通が意識されているとする説もあるらしい。
そのGooleが立ち去る際、Birling家の人びとに、次のように言い置く。

But just remember this. One Eva Smith(自殺した女性) has gone--but there are millions and millions of Eva Smiths and John Smiths still left with us, with their lives, their hopes and fears, their suffering and chance of happiness, all intertwined with our lives, and what we think and say and do. We don't live alone. We are members of one body. We are responsible for each other. ……

これが作者の伝えたい核心となる言葉なのかもしれない。もっとも、その後で、Birlingは、Gooleの正体について、

Probably a Socialist or some sort of crank--he(Goole) talked like one.

と述べている場面もあって、この二つを重ねると、なかなか興味深い。モスクワでの初演ということも合わせると、作者の政治的な姿勢をここに見ることができるのかもしれない。それ以上に、初演時の英国の社会状況が、ここに影を落としているようにも思われる。

ここでは、「夜の来訪者」の詳細な筋書きには、あえて触れないことにする。

こうしたBBCのドラマを見て思うのは、日本のテレビ・ドラマとのあまりにも大きな落差である。日本のテレビ・ドラマは、脚本もひどいが、役者の多くが素人同然であって、とても見ていられない。まるで、下手な学芸会である。やたらと大声でどなるのは、どういう訳だろう。英国の長い演劇伝統を背負った役者たちとは、とても比較にならない。「夜の来訪者」のように、科白が大きな意味をもつドラマを見ると、その違いが余計に大きくわかる。困ったものである。

脚本のことにも触れたが、「常陸坊海尊」「かさぶた式部考」「七人みさき」などを書いた、秋元松代のような作家は、もう現れないのかと思う。

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