豆大福のことを前に書いたが、今回は団子である。
退職前は、学生を連れて文学散歩によく出かけた。その中に「お団子ツアー」なるものがあった。
上野駅に集合して、公園内ををぶらぶらする。
まずは東照宮に行く。ここでは、昔、驚いたことがある。社殿の中に入ったら、狸の置物があり、狸親父の家康だから、悪く洒落たのかと思っていたら、まったく違っていた。境内に鎮座する栄誉権現が「お狸さま」を祀っており、「他抜き」の意のあるところから、受験などに御利益があるという。大奥などの災厄を除いたので、ここに祀られたとの伝えがあるらしい。
東照宮の鳥居の横に茶店がある。うっかりすると、気づかずに通り過ぎてしまう。それが新鶯亭で、その名物に鶯団子がある。大震災前まで、鶯谷に本亭があったので、新鶯亭と称したらしい。
その団子が好みである。抹茶餡、白餡、小豆(あずき)の漉(こ)し餡の三色団子が、お盆に盛られて出て来る。小豆餡だけは、中の餅がタカキビらしい。三色の配色が実に美しく、甘さが程よいのもうれしい。
三色団子というと、言問(こととい)団子がよく知られているが、味は間違いなくこちらが上である。向島に行くと、言問団子ではなく、長命寺の桜餅の方につい足が向くのは、そのためかもしれない。桜餅は、長命寺が日本一。
鶯団子を食べたら、花園稲荷へと向かう。
昔、五代目古今亭今輔が、落語「ねぎまの殿様」の中で、責め絵の画家、伊藤晴雨から聞いたという「下谷七不思議」の話を紹介していた。「麻布七不思議」「本所七不思議」はよく知られているが、「下谷七不思議」は耳にしたことがない。心覚えのため、ここに書いておく。
・錦袋円(きんたいえん)の娘…大蛇に魅入られ、不忍池(しのばずのいけ)に入水した生薬屋(きぐすりや)錦袋円の娘が、大蛇と夫婦になる
・稲荷の狸……花園稲荷には狐でなく、狸が祀られている *鎮護堂かもしれない
・女湯の刀掛け……上野の湯屋の女湯に、昼は寛永寺の寺侍が入るので、刀掛けがある
・姥(うば)が懐(ふところ)……英信寺の大黒様の脇を抜けると不思議に暖かさを感じる
・谷中三里……谷中に、直線距離にして一里しかないのに三里に感じるところがある
・鐘楼堂の龍……寛永寺鐘楼堂の左甚五郎作の龍が、夜不忍池に潜るのでいつも濡れている
・不忍の横笛(おうてき)……不忍池で吹いた笛が、折から鳴った寛永寺の鐘に共鳴して割れてしまった *「横笛」は「大笛」かもしれない
今輔の噺では、稲荷の狸は、花園稲荷のことだというのだが、いろいろ調べると、どうも違っているらしい。浅草伝法院の鎮護堂とする説もある。稲荷社ではないが、どうやらこちらの可能性が高い。たしかに狸を祀っている。
花園稲荷、五条天神から不忍池の横を通り、上野高校のあたりから、清水坂を通って多宝院に向かう。この寺には、立原道造の墓がある。ところが、学生を連れていっても、立原道造は知らないという。そういう時代になったのかと思う。
そこから三崎坂(さんざきざか)を下って、永久寺(仮名垣魯文の墓、山猫塚がある)、さらに全生庵(ぜんしょうあん)を経て、大円寺に向かう。全生庵には、山岡鉄舟、三遊亭円朝などの墓がある。円朝の墓には、辞世の句「聾(みみしひ)て聞き定めけり露の音」を刻んだ碑がある。よい句だと思っていたら、その初句は「目を閉じて」が正しく、碑に刻まれているのは改悪だという(『真景累ヶ淵』(岩波文庫)の久保田万太郎の「解説」による)。なるほど、「聾て」では、いかにも禅家趣味の、理の勝ちすぎた感がして、素直ではない。「三遊亭圓朝無舌居士」の戒名とあわせて、「聾て」で感心していたが、これは勉強になった。さすが万太郎。
大円寺は、笠森稲荷のあった場所で、境内には笠森お仙の碑がある。お仙は、稲荷門前の水茶屋の看板娘。お仙の碑は、永井荷風の筆で、「女ならでは夜のあけぬ日本の名物……」と刻まれている。
ここが団子に関係する。笠森稲荷には、祈願の際には土の団子を、成就の際には米の団子を奉納したという。八代目林家正蔵は、時折、ステテコ踊りなるものを披露した。「向こう横丁のお稲荷さんへ、惜しいけれども一銭あげて、ちゃっと拝んでお仙の茶屋へ、渋茶よこよこ横目で見たれば、米の団子か、土の団子か……」が、その文句。ステテコ踊りは、手の動きなど実に珍無類で、これを伝える噺家がいまもいるのかどうか。
そこから谷中銀座に出て、日暮里駅に向かう。谷中銀座では、いつも後藤の飴を買う。種類がどれほどあるのかわからないが、みな手作りらしい。ニッキ飴、痰切り飴などを買う。
日暮里からは、羽二重団子の店を目指す。子規や漱石が、芋坂の団子と呼んだ、あまりにも有名な団子である。醤油と漉し餡の串団子である。醤油の串団子でも、みたらし団子と称するものは、厭である。ここのは、生醤油で焼いてあるから、そこがうれしい。漉し餡の餡は、長命寺の桜餅の餡と共通するような味がする。串団子なら、ここが日本一。
「お団子ツアー」は、あとは子規庵などを訪れて、鶯谷駅に向かうのみである。夕方過ぎて、笹の雪で豆腐料理を食べることもあった。
コロナ禍のご時世ゆえ、なかなか外に出られない。それで、昔の文学散歩を振り返ってみた。