雑感

音響カプラー

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また、20年前のドイツ滞在中の昔話である。
文部省の在外研究員として、ボッフム(Bochum)のルール大学に一年近くお世話になったのだが、当時の宿舎のゲストハウスは古い建物で、インターネット環境などまったく整備されておらず、外部との連絡は、電話に頼るほかなかった。

そうした状況は前もってわかっていたので、音響カプラーなるものを用意した。秋葉原の電気屋で、「テレカプラー Ⅱ」(城下工業)という製品を買い求めた。これは、いまも保存してある。その箱には、「これ一台でどんな電話機からでも通信が可能です」「世界のモバイル戦士諸君 完全武装せよ!!」などの文字が踊っている。電話機さえあれば、パソコンに接続して、インターネット通信が可能になる機器である。

この使い方は、慣れないとなかなか難しい。私の前にボッフム滞在経験のある、仏教学のS教授に、手取り足取り教えてもらった。音響カプラーは、電話機の受話器(送受話器)のような形状をしている。そのカプラーを、電話機の受話器と密着させ、それで通信する仕組みである。

インターネット接続は、AOL(America Online)と契約していた。当時、海外で基地局を多くもつのは、ここしかなかったからである。
カプラーを用いた接続方法だが、まずカプラーとパソコンとを接続し、その上でAOLの電話回線にダイヤルする。電話がつながると、ピーヒョロロのような音が受話器から聞こえて来るので、急いでカプラーを受話器に密着させる。附属のベルトを巻き付けて、外れないようにする。それで、パソコンとAOLとがつながるという仕組みである。慣れれば何ともないが、コツがあるので、体得するまで何度か練習する必要がある。

ドイツでは、これでほぼ一年間、メールやインターネットの送受信が無事に出来たのだから、やはり驚くべき機器だと思う。当時は、朝日新聞の主要記事がインターネットで無料配信されていたので、それも毎日見ることができた。
ロンドンにも二週間ほど滞在したが、そこのホテルもインターネット環境が未整備だったので、やはりこのカプラーで通信した。
ただし、きわめて低速度で、最大28.8kbsほどだから、いまならまず実用にはならないだろう。

音響カプラーの最大の弱点は、外部の音、とりわけ衝撃音に弱いことである。ゲストハウスの私の部屋は一階で、しかも悪いことに玄関の真正面だった。誰かがドアをバタンと閉めると、その音でたちまちフリーズしてしまう。そうなると、最初からやり直しである。

イタリアの公衆電話で音響カプラーを使用していて、警察に連行されたという話を耳にしたことがある。テロリストの一味だと、誤って通報されたらしい。公衆電話のボックス内で、カプラーとつなげていたら、なるほど胡乱(うろん)な奴だと思われても仕方がないかもしれない。

音響カプラーという便利な機器があったことを、ほとんどの人は知らないだろうと思うので、あえて昔話を記してみた。

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