ウサギは一匹、二匹とは数えず、一羽、二羽と数える、というのは、ほぼ常識だろう。物の本には、江戸時代、鳥類以外の肉食は禁じられていたので、ウサギを食用とする際、鳥と同様に扱うため、一羽、二羽と数えるようになった、とする説明がある。
江戸時代でも、獣類の肉はかなり食べられていたようだから、右は俗説かもしれないが、それでもなぜか、ウサギは一羽、二羽と数えることになっている。
そう思っていたら、別の数え方があることを知った。毎年、十二月十七日、奈良の春日大社で、春日若宮おん祭が行われる。春日大社の摂社若宮神社のご祭神を、参道の中ほどに造営されたお旅所(たびしょ)にお遷(うつ)しし、その神前で古代から中世までのさまざまな芸能が演じられる。その「お旅所祭」がこの祭の中心で、それを見るために多くの観光客が集まる。
その前々日の十五日、奈良市中心部の商店街、餅飯殿(もちいどの)通りの大宿所(おおしゅくしょ)で、大宿所祭が行われる。おん祭の願主役(がんしゅやく)、御師役(おしやく)、馬場役(ばばやく)を勤める大和士(やまとざむらい)が、神事奉仕に際して、精進潔斎を行うための参籠所である。大宿所祭では、湯立巫女(ゆだてみこ)による湯立の神事が行われる。
大宿所祭には、海・山の幸がたくさん寄進される。入り口からすぐのところに、鮭、鯛、雉子(きじ)、兎(うさぎ)が、ずらりとぶら下げられていて、実に壮観である。脇の高札に、寄進された獲物の一覧が記されているのだが、これを見て驚いた。ウサギの数を、「○○羽」でなく、「○○耳」と記してあったからである。写真を撮ればよかったのだが、その用意がなかった。二十年以上の昔であり、大宿所祭を見たのも、この時だけである。
その後もずっと、この「耳」が気になっていた。手許の辞書には、何も書かれていない。『日本国語大辞典』にも、この「耳」は出てこない。そこで、ネットを検索して見ると、さすがにそこにはあった。ただし、数え方に諸説あるらしい。ウサギ一羽を「片耳」、二羽を「一耳」あるいは「両耳」と数えたとする説明が多い。ウサギは番(つがい)で数えるからだというのだが、何だか腑に落ちない。私などは、ウサギは両耳を一緒に握って捕(つか)まえるから、一羽で「一耳」ではないかと思うのだが、それらしい説明は見られない。大宿所ではどう数えていたのか、それをきちんと確認しなかったことが悔やまれる。いずれにせよ、ウサギを数える単位に「耳」があったことだけはたしかである。
ネットを見ていたら、NHKの新日本風土記アーカイブスの大宿所祭の映像があった。2012年の放映とある。そこにも寄進された獲物が映っているが、鮭、鯛、雉子だけで兎の姿は見えない。音声の説明にもウサギはなかった。ウサギをつるすのは残酷だというような声があり、それでやめにしたのかもしれない。邪推だといいのだが。