昨夜は、中秋の名月だった。時折、雲に隠れはしたが、それでもまん丸なお月さまの姿を見ることができた。隣家の娘のところでは、ススキを飾り、お月見団子を供えたらしい。
そんなふうに、お月見をする家はどのくらいあるのだろう。子どもの頃に比べると、ずいぶんと減ってしまったように思われる。
七夕さまも、以前は、どこの家でも笹竹の枝に願いを書いた短冊をつるして、お祭りをしたものである。いまは、幼稚園や保育園でやっているくらいだろうか。
その代わりというべきか、近年、ハロウィンなる行事が盛んになっている。十月末日がその当日らしいから、もうまもなくである。コロナ禍で自粛ムードとはいえ、毎年繰り返される仮装の馬鹿騒ぎには、ほとほと呆れ果てる。それ以上に、アメリカ文化の受容の軽薄さに、腹が立つ。
ハロウィンは、もともとケルト文化に起源をもつ宗教行事であり、アイルランドや英国が本家なのだろうが、むしろアメリカで盛んになったらしい。私のヨーロッパ体験は乏しいが、ドイツ、フランス、イタリアあたりで、この行事を見た記憶がまったくない。
ハロウィンは、宗教行事だから、これを躊躇なく受け容れることには、大きな抵抗がある。それ以上に、いやな感じがする。馬鹿騒ぎをしている当人たちは、そうした頓着など、まったくないのだろう。クリスマスと同様、ハロウィンもこのまま定着するのかもしれないが、それでも私は気持ちが悪い。
そういえば、十年ほど前、聖心女子大学に、非常勤講師としてしばらく出講していたことがあった。七夕さまが近くなると、日本文学研究室の前に笹竹が立てられ、短冊もつるされていた。「先生も何か書いて下さい」と言われたが、字が下手なのを理由に、とうとう書かずに終わった。キリスト教の大学でこういうことをするのは、おもしろいなと思った。いまも続いているだろうか。