雑感

「現場」をどう呼ぶか

投稿日:2021年9月19日 更新日:

刑事物のドラマを見ていると、事件などの「現場」を判で押したように、ゲンジョウと呼んでいる。しつこいと思われるほどに、ゲンジョウを強調する。警察に知り合いがいないので、確認できないのだが、実際にもそう呼んでいるのだろう。なぜゲンバではいけないのか。

『日本国語大辞典』によれば、「現場」の読みは、ゲンバ、ゲンジョウの両様があり、用例を見るかぎり、どちらも近代以降の言葉らしい。では、なぜゲンジョウが強調されるのか。重箱読みのゲンバを避けたとも考えられる。だが、それは理屈に合わない。なぜなら、ゲンジョウは「現状」「原状」と紛れやすいからである。

軍隊では、言葉による正確な伝達が常に求められたから、紛れやすい言い方は、徹底的に排除された。数字の読みでは、「四」をシでなくヨン、「七」をシチでなくナナと発音した。「七」がシチでは、「一(イチ)」と混同しやすいから、大砲を発射する際など、目標との距離を誤る恐れがあり、そうなれば味方の上で砲弾が炸裂しかねないからである。大西巨人『神聖喜劇』に、それを題材にした話が載っている。一例だけ挙げるが、「賤ヶ岳の七本槍(しちほんやり)」の「七本槍」は、軍隊風に言えば、ナナホンヤリになるとある。

ならば、ゲンジョウの場合も同様だろう。繰り返すように、「現状」「原状」との混同を生じやすいからである。「現場」の「現状」を尋ねる際には、何と言うのだろう。ゲンバなら「現場(げんば)の状況」で済むが、ゲンジョウだとかなりややこしくなる。それ以上に、いまはゲンバがふつうの言い方であって、ゲンジョウとはまず言わない。私が不自然さを感じる理由は、そこにあるのかもしれない。しかも、右に述べたように、この呼び方には不都合がある。もし合理的な理由があるなら、知りたいものである。

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