雑感

タマゴタケ

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信濃追分のはずれに山荘を建ててから20年ほどになる。
夏の終わりから秋にかけて、敷地の小さな雑木林の下にいろいろのキノコが顔を出す。ある年、外の水道の蛇口近くで、不思議な形のキノコを二本見つけた。図鑑で調べたら、コウボウフデとある。ぼんやりと幽霊が立っているような姿で、不気味な感じがしないでもない。漢字を宛てれば弘法筆だが、なぜそんな名を付けたのかわからない。かなりの珍種らしいが、その後は一度も見ていない。

紅色(べにいろ)のキノコも、時折生えて来る。紅色というより、赤に朱を混ぜた色に近い。ディズニーの「白雪姫」に出て来るキノコにも似ている。あまりにも鮮やかな色なので、ずっと毒キノコだと思っていた。これも図鑑で調べてみると、どうやらタマゴタケらしい。食用で、きわめて美味だとある。もっとも、これによく似たベニテングダケというのもあり、こちらは下痢、嘔吐、幻覚作用を引き起こす毒キノコとある。

敷地には、どちらも生えていそうである。さて、どうすべきか。またしても図鑑を頼りに、タマゴタケらしいのを数本抜き取った。タマゴタケは、純白の卵状の壺の中から顔を出すので、その名があるという。その壺の名残が、軸の下に付いている。ベニテングダケの軸は白いが、タマゴタケのはやや黄色みを帯びている。ベニテングダケの傘には、白いいぼ状の点々(幼菌時の外皮膜の残存という)が付着しているが、取れてしまうこともあるらしく、そうなるとタマゴタケとの区別が難しい。

抜き取ったタマゴタケを食べるべきか否か。家内はこういうことには実に積極的である。もともと大分の田舎育ちで、散歩をしていても、道ばたの草や木の実を、「これは食べられるから」と平気で口にする。臆病者の私は、そうしたことはめったにしない。この時も同じで、家内は早速バターで炒め、「さあ、どうぞ」と勧めるのだが、私は怖いので食べずにいた。家内がまず食べ、どうやら無事らしいとわかって、やっと口にした。いかにも卑怯なふるまいだが、これも臆病のなせるわざである。なるほど美味である。くせがなく、それでいて滋味がある。

それ以来、タマゴタケを見つけるのが楽しみになった。よその敷地の林の中に生えているのを、こっそり頂戴したりもする。今年も、八月の末に味噌汁に入れて食べた。
ベニテングダケだが、これを食用にする地域もあるという。塩漬けにして毒を抜くのだそうである。杉岡幸徳『世界奇食大全』(文春新書)を見ていたら、シベリアのシャーマンは、その幻覚作用を利用して宗教儀礼を行うとあった。『不思議の国のアリス』で、キノコを食べたアリスの身体が伸び縮みする場面があるが、それもその幻覚作用だろうという。ベニテングダケの毒に致死性はないというが、それでもやはり怖い。

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