中国には何度か行ったことがある。北京は四、五回は行っていると思う。最初の頃、北京ダックを食べようというので、知り合いに案内してもらったことがある。全聚徳ほどの有名店ではなかったが、そこそこの店だったはずである。
北京ダックには次のような思い出がある。大昔、六浦光雄(むつうらみつお)という漫画家がいた。漫画というよりは、銅版画風の細いペンタッチの絵で、文才もなかなかのものだった。その画文集「東京の盛り場ルポ」(『六浦光雄作品集』、朝日新聞社)を見ていたら、六本木のところに、情けないおとうさんが、若い彼女に「キミ、この北京烤鴨――ペキンダック――を食べようじゃないか……」と誘う描写があり、その後に、
女の子はこれに弱い。包餅(ポーピー)に、丸ごと揚げたアヒルの、皮だけを包み、タレをつけて食う。この中国の“お好み焼き”をごちそうしてモテないおじさまは、もはやそれまでと思いなさい。
とあったのを見て、いつか機会があったら、ぜひ食べてみたいと思っていた。
ところが、本場の北京で、実際に食べてみたら、実にまずかった。そのことをあちこちでしゃべっていたら、後輩の友人から「多田さんは、鳥の皮が嫌いでしょう」と言われて、なるほどと納得した。たしかに鳥の皮は苦手で、焼き鳥を食べても注文したことはない。コラーゲンたっぷりといわれても、あの食感がいやである。北京ダック好きは、鳥の皮好きなのだということを、あらためて理解した。
香港の暗黒街を舞台に、人間が北京ダックにされてしまう漫画がある。藤子不二雄Aの作品だったように思う。あれも、北京ダックが最高の味であるかのように描いていたから、藤子不二雄Aも鳥の皮好きなのだろう。
北京ダックと同様な食べ方をする料理に、合菜載帽がある。これも大昔、新宿の随園別館で食べた。肉野菜炒めの上に卵焼きを帽子のように載せた料理で、これを細切りのネギとともにタレを塗った包餅にくるんで食べる。水餃子とともに、この店の名物とされる。随園別館は、いまは立派なビルになっているが、以前は平屋(二階もあったかもしれない)で、入口に座った店主の前に、大きな五つ珠の算盤が置いてあった。いまの店とは、少しだけ場所が違っているように感じるのだが、どうだろうか。